辺縁市街地の仮面聖女…見習い
@tumarun
第1話 癒すはずが癒やされた
「おーいトゥーリ!どこに?」
ここの教会のタダイ神父だ。この教会には聖女みならいの私とタダイ神父の2人しかいない。帝都ウルガータの誇る回廊城壁の外に広がる下町(城壁外都市機構部)に埋もれるようにあるパラスサイト教会。規模が小さいから、2人でなんとか運営している。
「いつもの頼めるかのう」
神父はお年を召しているので色々と痛んで、大変なご様子。私は癒しの’ヒール‘が多少なりとも使える聖女でもあるので施術をして痛みを和らげてあげている。
「はーい神父様。どちらにしましょう!」
玄関を掃除していた私は礼拝堂の中に入って行き、チャンセルの奥にうずくまっていた神父をみつけて声をかけた。
「いやあ、箱を棚に仕舞おうてしたら腰がくぎっとなってなあ」
「今日は腰ですね‘ヒール'」
背中側から腰の辺りに手を向けて力ある言葉を放つ。微かな光が手から患部の背骨辺りを照らしていく。いつものことだけど、この力を使うと額のあたりがひりついてしまう。しばらく続けていると、
「おぅ、ありがとう。痛みも取れてきたし違和感もなくなったよ」
タダイ神父は、ヨッコラショ と起き上がり腰を伸ばした。
「よかったです。お大事に」
「今日もこの調子で頼みます」
そして玄関に戻り掃除の続きを始めた。外の往来に多種の種族が歩いている。ヒト族、妖精族、ドワーフ族、獣人族、爬虫人族。帝都自体は人族が建国したから、回廊城壁の中は人族が圧倒的に多い。が、国として繁栄すると富や生活を求めて多種のものが集まってくる。中に入れなければ外に住み始め、集落から村、町、市街地と大きくなって種族の入り混じったひとつの都市へと変わって行った。偏見やプライドから貧富の差から差別もある。そこへ'生きるものへ遍く愛を'を教義の一つにする聖教会が回廊外の混沌とした街区へおいたのがパラスサイト教会となる。まあ、置いただけの場末のものであるのは確か。
「あっ! 仮面のお姉ちゃん」
往来を獣人狼族の子どもたちが歩いている。其の内のひとりがこちらを見つけて話しかけてきた。
私トゥーリは仮面をしている。額から瞼にかかるぐらいが爛れているのを隠すために鈍色のフェイスマウスをしている。生まれたばかりの頃からあったようで、その為か聖教会の玄関に捨てられていたのを育ててもらった。この跡のためにいじめられて生死の狭間を彷徨ったこと数知れず、生きててめっけもの、神様に感謝しきりです。ものの分別が出来るようになった頃に癒しが出来ることがわかり、聖女として修行を始めたのだけど自分の額の爛れを治すことは出来なかった。その為か、この場末の教会の見習いに飛ばされている。アンバーの見習い服を着せられて。
『生きててなんぼよ』を目標に掲げて慎ましく生活してます。
こんな風体のせいで、最初は気味悪がられて近隣には相手にされていなかったけど、口元に笑顔と明るく大きな声ではっきりと粘り強く挨拶をしたおかげで少しずつ認められるようになりました。継続は力ですねー
「おい、聖女様だよ お姉さんじゃない」
周りにいた年上の仲間が正そうとしていた。
「せいじょさま?」
「はい!おはようございます。シュリンちゃん」
「わたしのことわかるの?」
「ええ、いつも挨拶してくれるからね」
「えへへ」
「おれは ぼくは あたしは」
周りの子も言い出して賑やくも明るい感じになりました。
「今度は覚えて挨拶するからねー またねー」
手を振りながら子どもたちを見送った。あのぐらいに小さいとなんか癒されます。かわいいなぁ。
「明日への糧をいただき、感謝いたします」
そして聖印を指先で刻み、祈りを捧げる。夜の食卓に臓物と豆と少しの葉野菜を紅色果物菜のたっぷりの果汁で煮込み味を整えたものとパン。木で出来たスプーンですくって口に運んでいく。チーズがあればなぁーというのは贅沢、贅沢。前に食べたチーズの味を思い出しながら舌の上で合わせていく。
怪我人、病人へ‘ヒール'の施術。聖典のろう読、終わりの儀の施行。1日のお勤めも終わり、被っているベールも下ろして食事をしていると
「聖女様、聖女様」
と、微かに聞こえてきた。かなり慌てている様子。皿に残るおかずに未練を残しつつ、食堂からネイヴを抜け玄関へ行き扉を開ける。
外には鮮やかな赤毛の女性、いや獣人狼族の少女が布に包まれたものを持って立っていた。かなりの焦りと懇願が顔から見て取れた。
「どうかしっ」
「家に帰ったら、こいつ、シュリンがぐったりして床にうずくまって、動かないんです。他の子らに聞いたら衛士に思いっきり腹を蹴られたって、家まではなんとか帰ったけど、すぐに座り込んだって」
「えっ⁉︎シュリンちゃん」
彼女が胸に抱き抱えた布を解き、中をみると瞼が白く蝋のようになりわずかに空いた口から見れる歯茎は青黒くなっている。微かにあいた口から細い呼気が感じられる。まずいなあ、いつそうなってもおかしくないや。
「あんた聖女でしょ、シュリンを助けて」
彼女が叫ぶ。しかし私の後ろから、
「施術には奉納だが、おまえに用立て出来るのかの?」
神父様が告げてきた。物々しい事態に、玄関まで様子を見にきたのだろう。
「皆、施術へ感謝の対価として相応の寄附を奉じている」
「いっ今はないけど、あと少しで給金が出るんだ。だから だから」ぁあ
「聖教会の慣りだ。トゥーリ、私が目に届くところではしないようにな。くれぐれもな」
神父はクルリと背を向け奥に歩いていった。
「なっ!」
「外へ」
シュリンを包んだ布を彼女から取り上げて玄関を開けて外に出る。彼女の手を取り建屋の横の路地を奥に進んでいく。往来から見えないほど進むと歩みを止めて彼女を見る。
「まずはここで」
腕の中のものを抱直し気合をいれ、覚悟を決め、
「'レスレクティ'」
周りから紫色の光が私の腕の中にある布に集まり注がれる。周りを文字のような文様のような光るものが乱舞してきた。しばらくして口の中の色が黒から紫へ、そして赤みを帯びてきた。肩から胸も動き息もはっきりしだした。反対に私の額が火傷したようにジリジリしてくる。範囲も広がっているのがわかってしまう。
「ふう、なんとか間に合ったかな。まぁ、あのツンデレ神父、素直じゃないなあ」
「えっええっ、助けてくれたの?やらないって」
「目を瞑ったんだよ。シュリンちゃん いつも私や神父に元気な挨拶してくれたから。でも決まりは決まり。だから知らないことにしてくれたんだよ。’生きるものに遍く愛を。隣人からの友愛には友愛を'教義だしね」
「ありがとう、ありがとう。絶対に奉納は、うっうー」
彼女は涙を流しながら膝をつき地面に手をつけ首を垂れた。
「顔を上げて、ほら受け取って。寝てるからそっとね」
彼女はシュリンを受け取り、慈しむように抱える。そして顔を上げて私をみてきた。微かに驚きを滲ませて。
「あんたっ ちがっ あなたが仮面の聖女様だろ。噂に聞いてるよ」
「見習いだけどね」
聖女服は藍色を下地に造られているが見習いは汚れの目立たない頑丈一辺倒のアンバー色の生地だったりする。
「その仮面!あっ 縁の皮が爛れてる。なんか広がってない?痛くないのかよ?」
わかっちゃうなぁ。実は施術をすると爛れが広がるんだよね。この仮面自体は聖遺物で、その力で爛れが広がらないようにしてるのだけれど、かける御力の大きさで抑えきれなくなるのよね。'レスレクティ'は上級聖人が貴人に施す高位の施術で、かなり聖力を使ったからね。見習いになんて使えないのだけれど内緒なんですね。仮面の下の秘密その2 シー。
「我慢できないほどではないから大丈夫よ。自分では癒せないのよね。こんなんだから見習いなの」
「でもよぅシュリンは 」
「内緒でお願い」
彼女の口を指で押さえて黙らせた。いろいろとあるのよね、察して。
「シュリンちゃん、体力をかなり使ってるからしっかり休ませて、起きたらたくさん食べさせて。後はぎゅっと抱きしめてあげれば大丈夫。でも、なんでシュリンちゃん、相手にされたの?」
「聞いたのは、あいつら門番の衛士の奴ら昼間から酒飲んでて、近くで遊んでたシュリンらを憂さ晴らしにしたっこと。シュリン 下働きで城壁内に入ってた俺たちを待ってたんだよ」
「ガラの悪いのは部屋住の下級爵位持ちの次男 三男がほとんど。行き場がないから不満溜まってる。気をつけないと」
「シュリンは悪いことは何もしてない!俺たちだって憂さ晴らしの相手なんかじゃない。貴族相手じゃ、下っ端でもなんも言えないんだよ」
城壁の外の住人には市民権は認められていない。勝手に住み着いている獣として見られている。石ころ扱いだったりする。
「落ち着いてね。シュリンちゃんには笑顔見せてあげるのが1番なんだから、そんな殺気立ってはだめ。え〜とあなた、名は?」
「セリアン、でもよー」
「セリアン! え が お 笑顔がシュリンちゃんには1番の薬。わかって」
彼女は納得してない様子だがシュリンを大事に抱えて往来に戻っていった。あいつら、あいつらと怨嗟を込めて呟いているのが聞き取れる。
私は手を組み、快方に向かうことを祈った。
翌日の朝に玄関の掃除をしているとシュリンちゃんが仲間の子たちと教会へ来た。その子らの笑い声も聴けるから無事に癒ったのだろう。よかったなあ。
「お姉ちゃんから『ありがとう』て言ってこいって、だから」
私は掃除道具を放り出し教会の奥へ駆け込んだ。
「神父様 シュリンちゃん きたよー」
「おおっ元気かな」
それを聞きつけて奥から神父様がニコニコしながら出てくる。
「おはようございます。ありがとうございます」
シュリンと、それに吊られて仲間の子たちが挨拶してくれた。
私も神父様も顔の笑みが深くなったのはいうまでもなかった。
「シュリンちゃん、お姉ちゃんは? 一緒じゃないの?」
「お姉ちゃんね、朝から出かけた。なんか怖い顔してたの」
シュリンちゃんは小さな額に指を乗せて押し下げ皺を作り顰めっ面を作っている。
「そっかぁ。なんか機嫌悪そうだね。でもね帰る頃には治ってるからシュリンちゃん、笑って迎えてあげてね」
「うん、そうする。ギュってしてあげるんだ」
そうしてこちらに手を振りながら、家がある方へ帰っていった。
「溜まってそう。何も起こさないと良いのだけれど」
私は手を組み平穏とセリアンの無事を祈る。
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