8


「ロードリック様、お越しいただきありがとうございます」

 セアラはとある令嬢に呼び出されていた。

「本日はお招きありがとうございます」

「どうぞおかけになって」

 セアラは礼をとって、薦められた席に着く。さて、どんな話が聞けるのかしら、とセアラはワクワクしている。知らない誰かと出会って話を聞くのはいつでも胸が躍るのだ。

 セアラは好奇心の塊であった。


 しばらくは当り障りのない世間話が続く。いつ本題に入るのかしら、とセアラは待ち望んでいた。

 話題が婚約者がいるかどうか、の話に移った。

「ロードリック様はオスニエル様と親しいのですか」

「友人ですわ」

「……ご婚約なさるのですか」

「そんな話はありません」

 まだ。と思いながら、セアラは答えた。


 セアラにとって、フィルは好ましい男性だ。この気持ちが恋愛かどうかはセアラにもわからない。だが、婚約の話があれば了承するだろう。それくらい、好意は抱いている。


「……ないで」

「はい?」

 よく聞こえなかった。セアラは聞き返す。

「オスニエル様をとらないでください!」

「えっ!」

「あの方は、私達のような下位貴族にとっての、希望なのです!」

「まあ!」

 フィル様は実は人気があったのね! とセアラの心が跳ねる。フィルはセアラから見て眉目秀麗な男子である。背の高さと目つきの険しさから多少、怖がられそうではあるが、どうして人気が出ないのか、と疑問に思っていたのだ。


「下位貴族にとっての希望とはいったい何のことですか」

 セアラは好奇心のままに、己の疑問をぶつける。

「あの方は、本来は高貴な血筋の方。それが、ご両親の問題で本来の辺境伯の家柄からただの伯爵令息になってしまわれた方」

 彼女はフィルへの同情か哀れみか、眉をひそめて悲壮な表情を作った。


「そして、ご両親と王家との確執があるせいで有力貴族からは距離を置かれてしまってます。高位貴族とのご婚姻はもとより、交流が望めないお方なのです」

「そうだったのですね」

 セアラは一応伯爵令嬢である。高位貴族の端くれではあるが、そう言う情報を持っていなかった。

 ――私って、情報通を目指しているのに、全然情報に疎かったのね。と恥じ入っていた。

 セアラの生家ロードリック家は大した権力も持たず、かといって広大な領地を持っていたり莫大な資産を持っていたりすることもない。可もなく不可もなくといった凡庸で印象の薄い家柄だった。

 それは、もちろん彼女の知らない『家業』が関わっているせいだが、彼女は我が家ってごく普通のお家だからと思っている。


「それなのに、高位貴族であるロードリック様がオスニエル様と親しくなってしまって……」

「ええと……」

 これってどういうことかしら。とセアラは思う。もしかして、孤立しているフィル様に自分だけが仲良くしてあげたかったってことなの……?


「私たちのような下位貴族の元に降りてきてくださった高貴な血筋のお方なのに」

「えーと、つまり孤立されて高位貴族と婚姻することができないフィル様と縁ができるかもと皆様が思っていたとこに、私が空気を読まずにフィル様に近づいてしまったと」

「そうですわ! 誰もが、抜け駆けはしてはいけないと息をひそめておりましたのに!」

「……フィル様からのお声がけを待ってらしたのですか」

 それってなんだか……


「不毛だわ」

 セアラは言うまいと思っていたのに、口に出してしまった。それで、向かい合う彼女の目つきが険しくなる。

「いえね。もったいないと思いませんこと。みんなが遠慮してる間に、フィル様はずっと耐え続けるなんて、お気の毒でしょう。時間も無駄に消費してしまいますわ」

「あなたには、わからないのよ! わたくしたちは慎み深いから、男性に自ら話しかけるなんてできやしないわ!」

 甲高く喚かれてしまって、セアラは鼻白んでしまった。この人達と私は相容れないわ。だから、彼女達の協定が私の耳には届かなかったのね。



 セアラは、それ以上まじめに取り合う気も失せて、適当に切り上げて退散した。

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