第12話 乱れるペース

 宙くんと遭遇してしまった私は、流れでお茶をすることに。どこに入るのが安全だろうと悩み、まず根本の二人きりという状況を解決しようという結論に至った。例えば現状、二人で歩いているところをマスコミに撮られていたとしても、後からもう一人男性が合流したことが証明できれば、記事の効果は薄まるからだ。

「本当に呼ぶんですか……?」

 しかし、宙くんはなぜだかそれが不満なようで、私がスマホで電話を掛けている今も渋り続けている。

「もちろんですよ。……緑さん、あと何分くらいで来れそうですか?」

『そうですね……家をこれから出るので、遅くても二〇分程かと。スーツで行きますか?』

「できれば。仕事感出てた方がいいと思うので」

『了解です。なるべく早く着くようにします』

「ありがとうございます。気をつけて来てくださいね」

 ツーツーと電話の切れる音で、スマホをポケットにしまった。緑さんとは、辞任後も定期的に顔を合わせていて、手術後にも一度食事をしている。その際、私がMaTsurikaのコンサートに行くことも報告させてもらった。そして、その時にコンサート後また二人で食事という名の話し合いをしようという約束になっており、今日の緑さんはMaTsurikaに変に勘繰られないよう、お休みを取ってくれている。宙くんと遭遇したと話せば、すぐにこちらまで向かう準備をしてくれた。

「高槻さん、何時に来るんですか?」

「あと二〇分くらいだそうですよ」

「早い……」

「元々この後会う予定だったので」

「高槻さんはズルいなぁ。僕も、ジャスティナさんと二人で話してみたいです」

「社長じゃなくなりましたから、余計二人では……。まぁ現状は二人なんですけどね……」

 そう苦笑いを零した。アイドルと外で二人きりになるなんて、これまで一度もなかったように思う。幼なじみの蒼ですら、ここ数年間は二人で外出していない。そう考えれば、多少配慮をしているとはいえ、宙くんとこうして外に立ってしまっている私は、かなり社長の意識が薄れているのかもしれないと思った。悪い意味ではなく、肩の荷が降りたという意味だ。そう考えてぼけっと宙くんを見つめていれば、彼はこちらを見下ろしているはずなのに、眩しそうに目を細める。

「ジャスティナさんが社長じゃなくなったときは寂しかったですけど……」

「それは……光栄ですね」

「……ふふ、でも、そのおかげで、今私服のジャスティナさんと並んで歩けてると思えば悪いことでもなかったかもしれません」

「あ!」

 バタバタと移動をしていたせいで、また自分の服装を忘れてしまっていた。

「この服じゃちょっと危ないですね」

「え、危ない?」

「宙くんもラフな格好ですし、デート感が出ちゃいます。私、適当にオフィスカジュアルな服買ってきますね」

「えぇ、似合ってるのに……」

 元社長の見慣れない私服姿が面白いのだろう。しょんぼりされてしまうと何だかこのままでいてあげたくなるが、危険な芽は可能な限り摘んでおきたい。それが、これからアイドルに戻る宙くんへ私がしてあげられる数少ないことだ。

「よし、なら僕もついていきます」

「買い物に?」

「はい。高槻さんが来るまで一人で外にいるのも微妙ですし、ジャスティナさんと一緒に店内で身を隠すことにします」

「……そうですね、無闇に歩き回るよりはいいかもしれないです」

 大きく頷く宙くんと共に、少しだけ格式高い雰囲気のレディースショップに足を踏み入れる。社長を辞した私にとって一着が高そうではあるが、プチプラブランドだと学生アルバイトが宙くんに気付く可能性も高まるだろうし、妥当なラインだと考えた。

 ふらりと宙くんと店内を回り、マネキンが着用しているセットアップを一式注文する。店員さんが在庫を引き出している姿を眺めていたら、少し離れた位置に立っていた宙くんが、小さく手招きをした。

「なにか良い物でもありました?」

 素直に近づけば、カーテンの開いた試着室の前に立つように指示される。不思議に思いつつも言われた通りにすると、隣に立っていた宙くんが、パシャリとスマホのカメラで写真を撮った。スマホの画面には、鏡越しに二人並んだ姿が写っている。

「再会記念に、ツーショットです」

 満足気に笑う彼を見て、私は咄嗟に後ろを振り返った。店員さんは、まだ在庫を出すのに手こずっている。お客さんは私たちに居らず、外からは店内のこれほど内部までは見えない仕様だ。

「宙くん宙くん、スマホ貸してください」

 いいことを思いつき小声でそう頼めば、不安そうに彼の顔が歪む。

「嫌です。消さないで……」

「ち、違いますよ……! せっかくなら、内側のレンズで撮ろうかなって思ったんです」

 私の言葉で、宙くんの瞳がグッと開かれた。いいんですか、と掠れた声で問われて、大きく頷く。

「早くしないと店員さんが――」

「失礼します……!」

「わっ……」

 肩をぐっと寄せられ、少しだけ屈んだ宙くんと顔が並んだ。彼は、インカメラにしたスマホを掲げる。画面内の二人が微笑むと、再びパシャリと小さな音が響いた。

「……家宝」

 撮ったツーショットを確認した宙くんのあまりの感激っぷりについ笑ってしまう。

「あはは、宙くんはジャスティナファンですか?」

「……はは、かもしれないです。うわぁ……本当にありがとうございます」

 彼は、私がMaTsurikaをデビューさせたことで後々敗者になる事が決定している人物だ。私と写真を撮ることでこれだけ喜んでもらえるのであれば、贖罪の意も込めてそれくらいは叶えてあげるべきだろう。

 写真を撮り終えて少しして、店員さんも準備が終わったようで声をかけられた。試着室に入って着替え、改めて選んだコーディネートを確認する。

 パステルブルーのパンツスーツ上下セットアップと、ホワイトのインナーとパンプス。社長時代に比べるとカジュアルだが、今しているメイクや髪型が浮かないちょうど良いフォーマルさだ。髪も程よく巻きが取れてきてよく馴染んでいる。我ながら完璧だ。マネキン買いだから当然だろ、というのは禁句。

 袖丈も特に問題なさそうだったため、スーツを着たまま試着室を出る。値札を外してもらおうと店員さんの元へ行くと、宙くんがなぜか取り出していた財布をカバンにしまっている瞬間であった。ピン! と脳内で推理力が働く。

「え、もしかして支払いました?」

 信じられない、という気持ちで向かい合えば、にっこりとした笑顔を返されてしまった。

「僕からジャスティナさんへの復帰祝いです」

「ま、待って。言いたいことは色々ありますが……いくらしました? 返します!」

「受け取りません。じゃないと払った意味ないじゃないですか」

 この人、一体どうしてしまったんだ。と開いた口が塞がらない。確かに、元々優しく気のいい青年ではあった。だけど、あまりにもこちらに親切すぎる。

 結局、絶対に金額は教えて貰えないまま緑さんから「待ち合わせ場所に着いた」と連絡を受けた。一度緑さんと合流してからまた考えようとお店を出れば、今度は私の持つコンサート用の荷物が宙くんの手により、スマートに奪い取られてしまったのだった……。

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