人気乙女ゲームの悪役女社長になったので悪役のままファンディスク世界に進みます

來栖

第一章 前日譚

第1話 茉莉花の嘱望

「なんというか、パッとしないじゃないですか」

「売り出すのも疲れたっていうか」

「もう嫌なんです、売れる望みのないあなたたちを育てるの」

「ただ、これまで一緒に過ごしてきた情はこれでもありますからね」

「移籍先は探しといてあげましたよ」

「ほら、ここです。【NEXTプロダクション】」


 Download……

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 ――GAME START――


 ***


 アイドル戦国時代。プロデューサーを志したあなたがやっとの思いで入社したのは、社長が仕事をしない最低な弱小事務所だった!? 所属するのは、大手事務所から見限られた四人組アイドルグループ【MaTsurika(マツリカ)】のみ。彼らを売り出し、大きなアイドルの大会【IDGP】にて優勝を目指すことに。そのためにも、もちろん恋愛はご法度……のはずなのだけど?


 ――二〇××に発売された乙女ゲーム【茉莉花の嘱望】は、乙女ゲームという小さな界隈にしてはかなりの売上を叩き出した作品だった。一部声優に現役アイドルを起用したり、部分的なゲーム実況を許可するなど、チャレンジ精神を見せたのも大きな要因だったのだろう。

 ストーリーは、割と王道だ。売れないアイドルと、それをサポートする主人公の恋物語。ラブコメテイストで進む【茉莉花の嘱望】――通称マツショクは、万人受けしやすい作品だったのではないだろうか。


 ご多分にもれず、私もマツショクの大ファンだった。

 東京都在住、大学三年生、佐藤茉莉。乙女ゲームは中学生の頃にやったことがある程度で、それからは特に縁もなく過ごしていた。しかし、成人式で再会したオタク友達が、私の名前と似てるゲームがあると言ってマツショクを布教してきたのだ。

 結果、どっぷりハマった。マツショクは乙女ゲームに留まらず、顔のいい声優が定期的にリアルMaTsurikaとして活動もしており、沼が深いのである。


 ……と、ここまでダラダラとマツショクの布教をしてしまったが、残念なことにこの世界には【茉莉花の嘱望】というゲームは存在しない。散々語っておいて何を、と思われるかもしれないが、ないものはない。

 なぜなら、これらは全て前世の記憶だから。今の私は、佐藤茉莉ですらない。


「ジャスティナ社長、体調はどうですか?」


 お聞きいただけたであろうか。これが今の私の名前だ。加藤ジャスティナ、二十三歳、この若さにしてアイドル事務所Id∞l(インフィニティ)の女社長である。

「ジャスティナ社長が倒れられてからMaTsurikaのやつらは会えていないので、とても心配してましたよ」

 目の前で呆れた様子でこちらを見つめるのは、高槻緑。入社したてに現場を知るため一年だけマネジメント課で働いていた時は上司だったが、現在は私の部下だ。そしてその部下が、MaTsurikaの名前を出したということは……もうお分かりいただけるだろうか。私はあの大好きなMaTsurikaが所属する事務所の社長なのである。


 乙女ゲームであるマツショクのことを思い出したのは数日前のことだった。いつものように仕事をこなしつつ、MaTsurikaメンバーと今後に向けた話し合いをしている時のこと。

 突然前世の記憶が蘇ってきたのである。何が起きたのか理解しきれずに放心状態になってしまっていた私を、緑さんが覗き込んだ時。

「け、結婚……」

 そう呟いて、私は意識を失ったらしい。そんなことを口にした理由は考えなくてもわかる。私は、前世で確かにMaTsurikaというアイドルの大ファンだった。しかしそれと同時に、高槻緑が最推しだったのである。

 乙女ゲームを何本かやったことある人なら分かるであろう、攻略“非”対象なのにやけに惹かれる男……

 そんな推しが、突然自分の顔を覗き込んできた。しかも自分は頭が混乱状態にある。ついオタクらしく結婚なんて口走っても全く不思議じゃない。

 私が突然緑さんに結婚なんて言い放って倒れたものだから、あの場は騒然となり、緑さんはあらぬ誤解を受けたらしいが……どうか許して欲しいところだ。


 しかし、MaTsurikaの所属する事務所とは言っても、彼らがヒロインと出会う事務所ではない。残念ながら彼らを見限る大手事務所の方だ。

 長年所属した事務所に捨てられ、移籍した弱小事務所で、彼らは恋の深みにハマっていく……

 つまり、マツショクの物語は、私がMaTsurikaを見捨てるところから全てが始まるのである。

 前世で、悪役令嬢転生ものというジャンルが流行っていた記憶があるが、まさにそんな感じだろう。悪役令嬢ならぬ、悪役社長へ転生したわけだ。

 とはいえ、ゲームにおいてジャスティナの出番はほとんど存在しない。というか、そもそもジャスティナには立ち絵もボイスもなかった。

 だから、私がゲームをプレイして得ているジャスティナの情報は以下の通りだ。


 ・大手事務所の女社長

 ・MaTsurikaを結成させた

 ・MaTsurikaからは母のように慕われていた

 ・MaTsurikaを見限って勝手に移籍させる

 ・その後は仕事を引退し、海外で余生を楽しんでいる

 ・一部ルートでは「成長したのですね」と謝罪の手紙を送ってくれる


 いや、結構な年齢の女性を想像するに決まってる。まさかこんな、まだ二十三歳の若い社長だとは当時全く思っていなかった。前世を思い出した時、酷く混乱したのはそのせいもある。

 さて、問題は社長になった私が、MaTsurikaを移籍させるべきなのか、というところだ。MaTsurikaはこのままこの事務所に居ても売れて、国民的アイドルになれると思う。しかし、そうなると彼らはヒロイン――松田桃菜に出会えなくなるのだろう。

 私はMaTsurikaというアイドル自体が大好きだが、ヒロインを含めた乙女ゲームとしても凄く好んでいた。私のせいで彼らのキラキラした恋を奪うのは忍びない。

「社長……やはりまだ調子が悪そうですね」

「えっ。あ、あぁ。ごめんなさい、大丈夫です」

 どちらにせよ、私が原作のようなふざけた理由で彼らを移籍させることはないだろう。原作では、信じていたジャスティナに裏切れて悲しむ彼らが描かれていたが、この世界ではそんなことは起こさない。目指せ、円満退所! まだ移籍させるかは決めてないけど!

「全快でないところ、申し訳ありませんが……実は、会長がお呼びでして」

「……うぇ、父が」

 緑さんが、若干気まずそうにそう伝える。このId∞lは、元々加藤ホールディングスの一部事業だ。つまりこの事務所には大元の企業が存在し、ここはそれの系列アイドル事務所。

 そしてその大元企業の代表が、私の父親――加藤雪紀なのである。今私は、そんなお偉い父親に呼び出されているらしい。前世での家族仲はそれ程悪くなかったが、ここでの家族仲はあまりいいものではなかった。私が幼少期のころから自社グループの駒とするための教育を重ねられ、反発することは許されなかった。冷えた父子関係と言えるだろう。母の方は、そんな父と過ごすストレスが祟ったのか、私が中学の頃に亡くなった。

 お陰で、父とは成人した今でも気まずい空気が拭えない。

 なんだか、色々と思い返したら腹が立ってきた。マツショクの中でジャスティナが突然海外に飛び立っていたが、今思えばあれも全部父親のせいだろう。こんな囚われのジャスティナが自分の意思で海外に飛び出すことを許されるわけがない。

 父の思いどおりにはならないと心に誓い、私は車に乗り込んだのだった。

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