第14話 ハーヴェスタムーン

朱里と空が話していた頃、彰人と風紀委員の一条 風花は使っていない教室で待機していた。

お互いに会話らしい会話はない。彰人は気が気でなかった。その様子に気づいた風花が口を開く。

「橘さんのことがそんなに心配?」

「・・・まぁ」

彰人はうつむいたまま答えた。

「ねぇ、本当にネットで知り合ったの?それだけであんなに仲良くなれるものかしら?」

彰人は空の正体を誰にも言うつもりはない。知っているのは彰人と渡来さんだけで十分だ。

「まぁ・・・一緒にマグダナルダ行ったりはしたかな」

「えっ・・・それってデートだよね?天河君って結構大胆だったんだ・・・」

風花は意外そうに言った。ただ駅前のマグダナルダに行っただけだと彰人は思ったが、風花にとってはどうやらそうではないらしい。

「ネット上で知り合っただけの人に会うなんて私には無理かな・・・」

何かネット上であったのだろうか。忌々しそうにそう呟いた。その様子に彰人は、

「一条さんは女の子だしやめといたほうがいいと思う。俺も迷ったけど”学校に行くこと”を条件にして会ったんだ。卑怯かもしれないけど・・・」

それを聞いた風花は納得した様子で言う。

「・・・自分を犠牲にしたのね。天河君らしいと言えばらしいけど」

「いや、これは言い訳で本当は空に会いたかったのかもしれない」

その言葉に風花は複雑そうな表情になる。

「・・・あなたのそういうところ、いいと思うけど」

「ありがとう一条さん」

彰人は風花に褒められると思ってなかった。

風花は普段、彰人に厳しいところを見せることが多い。先ほどもなぜか怒っていたし、彰人はまた自分が何かしたんじゃないかと不安に駆られていた。

「・・・ねぇ、私が一緒にマグダナルダに行きたいって言ったら、どうする?」

風花はじっと彰人を見ていた。その瞳には不安の色があった。

「えっ・・・一緒に?俺なんかでいいの?」

「むしろダメなところが見つからないんだけど」

それはどういう意味だろうか?好意的にとっていいものなのか彰人は迷う。それでも・・・

「じゃあ今度みんなで行こうよ。マグダくらいなら奢れるからさ」

「”みんなで”ね・・・考えとくわ」

なぜか風花はがっくりと落ち込んでしまった。どう声をかけようか迷っていたその時、彰人のスマホが着信を知らせる。

彰人の着信音は”Harvesta Moon(ハーヴェスタムーン)”という同人サークルの代表曲である”Fragment(フラグメント)”という曲だった。放課後になったのでマナーモードを解除し携帯していた。

「あ、ごめん。ちょっといいかな?」

彰人はそう言って電話に出る。風花は驚いた表情のまま動かない。小声で「どうして・・・?」と呟いていたが、彰人はその呟きに気づかなかった。

「お疲れ様です。どうしたんですか?」

電話は彰人のバイト先の本屋からだった。もう放課後なので電話してきたらしい。

今日と明日はバイトを入れていないはずだ。店長の言葉を待った。

「ああ、彰人君ごめんね。北条君が明日来れなくなってね、急なんだけどシフト入れないかなと思って」

店長は申し訳なさそうに言う。そんな店長に彰人は明るく答える。

「明日ですか?大丈夫ですよ。何も予定はないので。それに給料が増えるのは助かりますし」

「そう言ってくれて本当助かるよ。じゃあ明日いつもの時間で待ってるから」

「わかりました。それでは」

そう言って通話を終了する。風花の様子が変だ。顔を真っ赤にして彰人を見ている。

「?一条さん、どうしたの?顔が赤いけど・・・」

「え”っ?ええっと・・・その着信音のことなんだけど・・・」

彰人は同人サークルだし、一般の人はあまり馴染みがないかもと思い風花に説明する。

「ハーヴェスタムーンっていう同人サークルがあって、そのサークルの代表曲なんだよ。俺が一番好きな曲」

「一番好きっ・・・?」

風花は”一番好き”の部分に大いに反応した。明らかにテンションが上がっている。

「その曲のどこが好き?!」

こんなに興奮している風花を彰人は見たことがなかったので若干戸惑うが、自分の好きな曲に興味を持ってくれたのかなと思い嬉しくなって語りだす。

「メロディーはもちろんなんだけど、やっぱり歌詞の組み方だよね。この世界観を出せるのはこのサークルしかないと俺は思ってる」

「~~~!」

なぜだか風花はとても嬉しそうだ。そう思って彰人が怪訝そうな顔をしていた時、

「この曲、ほんっとうに苦労したの!何度も何度も試行錯誤して・・・」

そこで風花がハッと我に返る。彰人は尋ねる。

「苦労って・・・?」

その言葉に風花は焦りながら答える。

「あっ・・・えーっと、手に入れるのが・・・そう!手に入れるのが苦労したかな!」

彰人はそれで納得した。同人サークルであるハーヴェスタムーンは一部でカルト級の人気があり、ネット通販などではすぐに売り切れてしまうほどなのだ。彰人は店舗の在庫を探し回ってやっと手に入れたという苦労があった。

「そっかぁ。一条さんもハーヴェスタムーン聴いてるんだね。今度一条さんのお気に入りも教えてほしいな」

風花は意を決して彰人に問いかける。

「うん・・・うん!じゃあLINE交換してくれる?その・・・いろいろと語りたいし」

「わかった。じゃあQRコードを表示して・・・」

そしてお互いの連絡先を交換したのだった。

風花は小さくガッツポーズしてみせた。彰人はそれに気づかない。

そうしてLINEの画面を開いていたところに柚から新着メッセージが来る。

「・・・天河君、橘さん無事やり遂げたみたいよ」

その言葉に彰人はホッと胸をなでおろした。その様子を見て風花は呟く。

「・・・ねぇ、橘さんとはまだ正式にお付き合いしていないんでしょう?」

彰人は空から”好きだ”とLINEで言われたが、自分の思いを伝えてはいなかった。だから風花に向かって言う。

「ああ、まだちゃんと気持ちを言葉にはしていないんだ」

その言葉に風花は思わず声が漏れる。

「じゃあまだ・・・チャンスある、よね?」

それを聞いた彰人は何のチャンスかわからず困惑していた。空に会いたい。会って一刻も早く無事を確かめたかった。すると・・・

「天河君はこのまま帰宅して。ここから先は男子禁制だから」

そう強い口調で言われ、一人家路についたのだった。


一人で帰っている途中にスマホが鳴る。着信表示は空からだった。

確認してすぐに応答する。

「空っ!大丈夫か?!」

なんだかやけにざわざわと音が聞こえる。まるで空のスマホがスピーカーモードにでもなっているような感じだ。

「あ、彰人!大丈夫だよ。私今日、お友達ができたんだ。紹介するね!朱里ちゃんだよ」

そう言ってスマホを朱里へ渡す。

「・・・あのさ天河」

「五所川原か・・・」

空をいじめていた主犯格。正直何を話せばいいかわからない。すると朱里が強い口調で言う。

「空のこと、本当にごめんなさい!でも空は許してくれたんだ・・・天河は許せないかもしれないけど・・・」

彰人は思った。二人は仲違いを超えて友達になったんだ。そうであれば自分がとやかく言うことじゃない。

「・・・空を大事にしてやってくれ。俺からはそれだけだ」

それを聞いた朱里はホッと胸をなでおろした。

「私も一つ天河にお願いあるんだけど、いいかな?」

「ああ」

「空を泣かせたりしたら私が絶対に許さないから」

朱里の真剣な言葉に思わず息を吞む。そしてからかうようにこう言った。

「いや、お前が言うなよ」

朱里は申し訳なさそうに笑った。

そしてスマホが空の元に戻る。

「彰人!また明日ね!帰ったらLINEするね!それじゃ」

空との通話を終了し、また歩き出す。空にまた新しく友達ができた。空の高校生活が実りあるものになればいいなと、そんなことを思うのだった。

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