第4話:蒼き炎翼の少女
「やはり……お主は……。こうなると今は退くべきか……ついてこい、竜の青年よ」
長老が光る爪を出した俺を見て、少女に支えられたまま霧の向こうへと進んでいく。
同時に村のあちこちで悲鳴と、今倒したムカデと同じ鳴き声が響く。
「まさか一匹だけじゃなかったのか!?」
「もうこの村は終いじゃ……早く来い!」
俺は長老のあとについていこうとするが、背後から聞こえてくる残酷な音が俺の足を止める。
「誰か、一人でも多く助けないと」
しかし振り返ろうとする俺を、長老の言葉が引き留めた。
「もう無駄じゃ。助かる者はおらぬ……それにもう儂にも時間がない……」
長老の進む先には小屋があった。
「入れ! 無駄かもしれんが、アレから少し身を隠さねば」
長老と少女、最後に俺がその小屋へと飛び込み、扉を閉じた。そこはおそらく物置小屋なのか、農具やらなんやらが雑多に積み上げられている。
「一体、あれなんなんだよ! なんであんなバケモノが」
「あれは……〝竜喰い〟じゃ……ハルベルトめ……闇に飲まれよって……あのバカ弟子が」
長老が痛みに耐えるようにそう声を振り絞った。
「儂はドルフ。こっちは孫娘のリゼリアじゃ。お前さんは……あの銀竜じゃな」
「……ああ」
「そうか……全て見ておったよ」
「お爺ちゃん、もう喋らないで!」
長老の言葉をリゼリアが遮る。その目には涙。
「止めるな、リゼリア。これが、
「役割……?」
そういえばこの長老、勇者がいた時と少しキャラが代わっている気がする。
「お主が因果を打ち破ったおかげで、我々は神に与えられた
「なんだよ役割って」
「儂の役割は〝勇者に知識を与え、導く者――賢者〟。与えられたスキルは――【設定閲覧】。対象の設定を読むことができるスキルじゃ」
スキル。それはこの世界の住人なら誰もが持つ、謎の力である。様々な効果があるが、特に効果が強いものはチートスキルなんて呼ばれている。
「だけども待ってくれ、俺はそんなスキル、そんな設定は知らないぞ」
勇者の村には、確かに色々教えてくれる長老的な存在がいたのは覚えている。だけども、そんなスキルがあるなんて知らないし、孫娘がいたのも知らない。
「ストーリーに直接関係ないものは描写されない。儂が、序盤で出てくる、読者の理解を促すために説明台詞を吐くだけの
「お爺ちゃん……何の話なの? 訳が分からない」
驚いた。この爺さん、自分が小説の登場人物であることを自覚してやがる。
「だが、お主が因果を壊したおかげで、自由になった。だからこそ、儂は儂の役割を果たすとしよう。儂には見えるのじゃ……お主が勇者になろうとしていることが」
「勇者……俺が」
それは確かにその通りかもしれない。俺は死んでしまった勇者の代わりに世界を救わなければならない。ならばやはりそれは勇者と呼んで差し支えないだろう。
「お爺ちゃん! なんでこの人が勇者なの!? だってイキリ君は死んだのでしょ!?」
何も理解していないリゼリアが叫ぶ。おそらく彼女も、そして大多数のこの世界の住人は、自分が小説の中の登場人物であることを知らない。
当たり前だ。そんな話、俺だっていまだに半信半疑なのだ。
「もう時間がない。聞け、アルトよ」
「なぜ名前を……。いや、そうか、
「ハルベルトは悪魔との契約を為した。竜喰いが現れたということは、そういうことだろう。あの黒い霧を吸った者は遅かれ早かれ、皆、竜喰いへと変貌する。先ほどお主は村人を助けたいと言ったな?
そう言って――長老が小屋の窓の外を指差した。
「……マジか」
そこには村人が立っていた。しかしその首から上は存在せず、代わりにムカデの数多が生えていた。良く見れば手足もムカデになっている。
さっき聞こえた悲鳴は、村人がムカデに襲われた声なんかじゃない。
村人がムカデへと変貌する時の叫びだったのだ。
しかしまだ微かに理性があるのか、村人はゆっくりと徘徊していた。幸い、こちらに気付いている様子はない。
「いや、つーかそれなら、俺達もヤバいんじゃ」
思いっきり黒い霧を吸っちゃったけど!?
「だから言った。儂は長くない。だが、お主は竜の魔力をその身に宿している。厳密言えば、人間の形をしているだけで、中身は竜のままじゃ。だから竜喰いになることはない」
「お爺ちゃん……私はどうなるの」
リゼリアが恐る恐るそう聞いた。自分があんなバケモノになるなんて考えただけでも足が竦むだろう。今更口を手で塞いでいるが、もう遅すぎる。
「助かる方法は一つしかない……アルトよ、お前さんのもう一つのスキルを使うのじゃ。それで初めて、お主等二人が生き残れる筋書きが生まれる」
「もう一つのスキル?」
竜言語魔法とやらを使えるスキルがどうも俺にあるらしいが、それとは別にもう一つスキルがあるようだ。
「上位の竜……その中でも人に対し友好的で善なる竜は、それが持つ力を相手に分け与えることができるのじゃ。その身に宿す属性の力を相手に授けるその力がスキルとして発現しておる。儂の目にはこう見えておるな――【属性付与】と」
「【属性付与】……それを使えば彼女は助かるのか?」
「その通り。竜の力を得た者に、この霧は効かぬ。だがその代わりに……人ではなくなってしまうし、それに相応しい器でなければ、逆に力に飲み込まれて死んでしまう」
長老がまっすぐにリゼリアを見つめた。
「儂がお前をこれまで育て、魔法を教えてきたのはきっと今日の為だろう……。覚悟はあるか、リゼリア。お前の使命を思い出せ」
「お爺ちゃん……私……」
リゼリアが迷いの表情を見せた。無理もない。いきなりそんなことを言われて、はいそうですか、と受け入れられる奴なんていない。
「その話が真実なら……あんたも助けられるんじゃないか?」
俺がそう提案するも、長老は首を横に振って否定する。
「儂は長く生き過ぎた。もうこの老体では竜の力なぞ耐えられんよ。だから早くリゼリアに【属性付与】を使うのじゃ。受け入れられるかは五分五分じゃろうが……やらんと必ず死ぬ」
「……分かった。時間もなさそうだしな」
俺はリゼリアへと身体を向けた。
「なんつーか、いきなりであれこれあって自己紹介が遅れたが、俺はアルト。失敗したら……すまん」
「……分かってる」
それだけを言うとリゼリアが一度目を閉じ、そして開けた。その瞳には覚悟が現れている。
「話はまだ見えてこないけど……生き残れるならなんだってする」
その綺麗な顔に俺は一瞬見とれてしまう。覚悟を決めた少女の顔が美しかったからだ。
「ならやるぞ――」
不思議だった。さっきまでは【属性付与】なにそれ? って状態だったのに、今はなぜかそれをどう使うべきか分かる。
「リゼ……リア。もし生きていたのなら……儂を殺――」
長老の声と同時に俺がリゼリアの額へと右手を置いた。熱い何か――おそらく魔力だろう――が俺の手からリゼリアへと伝わっていく。
「ああ……あああああああああ!! 熱い!」
リゼリアが叫ぶ。その身体を青い炎が包み、同時に肉を破るような不快な音が小屋の中に響く。
「コロ……せ……!」
振り返ると、長老の首からムカデが顔を出していた。その無機質な目には僅かに理性の光があるように見えるが、その両手もムカデの頭になっている。
もはやそれはただのモンスターでしかない。
「くそったれが!」
俺はうずくまるリゼリアを守るように、前へと飛び出し、襲いかかろうとする長老――否ムカデへと拳を叩き込んだ。
「あれ?」
【属性付与】を使った影響か、ごっそりと魔力が抜け落ちたせいで、竜の爪が発動しない。
「キシャアア!」
ムカデが器用に右手の頭で俺の拳を絡め取り、その牙を開けた。
ヤバっ!
迫る左手のムカデ頭を、躱そうとするも、絡め取られた右手を逆に引っぱられてしまう。
「っ!」
俺は思いっきり、小屋の壁へと叩き付けられた。痛みはないが、衝撃で脳が揺れたのか、視点が定まらない。
マズい、足が動か――
「シャアアアア!」
迫る三つのムカデの頭。それぞれの牙には毒液。
絶体絶命。あの毒はきっと俺に効く。その確信が今はなぜかあった。
「――<
少女の声と共に、蒼い斬撃が目の前を通り過ぎ、蒼炎が舞い散る。
「アギャアアアアア!!」
俺へと向かっていた頭を全て切断されたムカデが、悲鳴を上げながら反対側の壁際まで後退。
「さようならお爺ちゃん……ありがとう」
蒼い炎を瞳に宿した少女――リゼリアが涙を流しながら、右手を差し出した。その背中からは、先ほどムカデの頭を斬り飛ばした蒼炎の翼が生えている。
それはまるで、竜のような翼だった。
「――<
リゼリアの右手から放たれたのは、蒼を通り越して白色になった熱閃。それはムカデの身体を消し飛ばし、小屋の壁ごと滅却する。
なにそれ……俺のブレスみたいじゃん。
そうして倒れている俺へと、いまだ炎燻るリゼリアが歩み寄ってくる。既に背中の炎翼は消えていた。
差し出されたのは、白く細い指が眩しい小さな手。
「そういえば.……こっちも自己紹介がまだたったね。私は〝炎神〟ドルフの孫――リゼリア。私は君と……いえ勇者と共に戦う。そういう……使命、らしいから」
そう言って、リゼリアは泣きながら笑ったのだった。
その時の彼女はやはり――誰よりも美しかった。
こうして俺のスキルによって火の属性……その中でも最上位とされる〝竜炎〟をその身に宿した少女――リゼリアが仲間になったのだった。
亡き賢者の使命を帯びた竜炎の少女と俺の、長い旅の始まりである。
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