第十四話 孤立(三)
美星は買い物を済ませて宮廷へ戻った。
報告をしようと同期の侍女を探そうと思ったが、探すより先にあちらの方から声を掛けて来た。それも女官を連れてだ。
「美星。備品を買って来たそうね」
「はい。お二方のご指導通り『適当』に見繕ってまいりました」
「適当とはいい加減にして良いという意味ではないですよ」
(ははあ。私のせいにしようって魂胆ね。そうはいくもんですか)
「言葉の意味くらいもちろん存じております。適当とは相応しいものであれということ。ですので予算で宮廷に相応しい備品を揃えて参りました」
美星は買って来た商品を出して並べた。
言われていた筆と墨だ。ただし、その種類は一つではない。これが店主に揃えてもらった新たな品だ。
「種類を増やしたの?」
「はい。筆圧に合った物じゃないと書き上がりが汚くなりますから。それと墨は洋煙墨にしました。松煙墨よりは使いやすいので書の技量が無くともある程度美しく書きあがります」
「こんなに買っては予算が足りないでしょう!」
「これまでは適正価格ではございませんでした。十倍以上の値で販売していたようです」
「十倍!? 何よそれ! ぼったくりじゃない!」
「なので適正価格に引き下げてもらいその分で種類を増やしました。それと、帳尻合わせはお任せ頂けるとの事でしたのでこれを購入致しました」
美星は袋からまた別の商品を取り出した。
それは同じく文具で、二種類の帳面だった。これも店主に出してもらった品だ。
「宮廷備品の帳面は書の技量がなければ使いこなせない絵画用の物で書類作成には不向きです。なので滑らかで引っかかりの無い紙で作った帳面を一つ。これは非常に安価です。そしてもう一つ」
「これ何? 何か書いてあるじゃない」
「人間が印刷という高度な技術で製造する方眼紙です。均等に線が引かれているので綺麗に書き記すことができるので、数字の管理には大変便利な物でございます。大量生産されているためこれも安価です」
「何よそれ。見たこと無いわよそんなの」
「もしや響玄殿の店から持って来たのですか? 困りますよ。購入する店は決まっているのです」
「契約店でございます。ただこちらが『いつもの』としか言わないので必要だと思わなかったそうです」
「……まあ。知らなかったわ。それにしても宮廷に対してぼったくりなんてどういう事なのかしら」
「価格は先代皇の時代に定められた額とのこと。ご店主はこれを機に見直し、今の宮廷にとって『適当』な品を適正価格で納品したいとおっしゃっておられます。それも年間契約をするならば割安で用意すると。概算致しましたが、今よりも年間白金一は節約できるでしょう」
「白金一!?」
「さすが天一の御令嬢。商売の才があるようですね」
「お役に立てて光栄で御座います」
美星はにっこりと微笑み侍女に目を向けた。
「買い物は得意なんです。いつでもご用命下さい」
侍女は押し黙り、ぷいっと背を向けると立ち去ってしまった。
礼儀知らずなその姿に美星は心の中で勝利を祝う笑い声をあげる。
「これ! 礼を言いなさい!」
「まったく。ごめんなさいね。せっかくだし各部署へ届けてくれますか。六部から補充を頼まれていてね」
「承知致しました」
六部とは宮廷内にある部署の総称だ。
蛍宮は三省六部という政治制度を取っているが、三省は中書省、門下省、尚書省から成る。
中書省は皇太子天藍直下の方針を実装するが、人手不足の現在は護栄が一人で全てを行っている。
門下省は立法を担う。これは先代皇派が半数を占め、立ち向かう事ができるのは護栄一人だけだと言われている。
尚書省は行政を担うが、ここにも先代皇王が多数残っているため護栄が奮闘しているという。
この三省の下に六部という業務ごとに分けられた部がある。
戸部を始め、人事を行う吏部、教育と外交を行う礼部、軍事を担う兵部、司法を担う刑部、公共事業を担う工部だ。
部ごとに執務室が設けられており、美星が補充を命じられた場所がこれである。
家事のような仕事に飽きていた美星にとって、入るだけで気分が上がるだ。女官の指示に気分を良くした美星は小走りで補充へ向かった。
(手前が戸部でその奥が人事をやってる吏部。反対側が外交の礼部……だったっけ)
部ごとに執務室がありそこで各自業務を行う。そのため各部屋に備品棚が設置されており、侍女が補充して回る。
美星は買ってきたばかりの備品を抱え、ひとまず一番近い戸部に入った。
(相変わらず汚いわね)
部屋を見回すと床にも机にも書類が散乱している。
響玄は綺麗好きで整理整頓した環境を好むので美星も自然と片付けをするようになった。その習性もありついうずうずしてきてしまう。
すると、ふいに部屋の中からぐううと腹の虫が鳴いた。
「あ~……腹減った……」
「限界……」
職員はぐったりと机に倒れ込んだ。
文官の業務の大半は護栄が何とかしているというが、それができるのも支える部下を始め職員がいるからだ。鬼才と謳われた政治の要と仕事をするなんて、常人にはたまったものじゃないだろう。
もう昼は大分過ぎているが、この様子では食べていないのかもしれない。
繁忙期の父を彷彿させるその様子には親近感が沸き、美星はふと思い立ちそっと部屋を出た。
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