エピソードⅦ --リベンジとネゴシエーション2--

 話は少し前に戻る───

 『バルローネ・シャンゲリス』の守人マリーレ・トート・ビーラが真砂鉄王国『フラゲルタン』にチャレンジャーとして来て・・・そして、大方の予想に反して箱庭猟兵のカーイツ・ゲレンタンに敗北した日のこと───

 マリーレの付き人として来ていた彼女の相棒であるキューブドロイドの本体であるテオドールは、捕虜となってしまったマリーレを解放する方法を早速模索し始めた。

 しかし、彼は闇雲に模索した訳ではない、実は彼には切り札の当てがあったのだ───

(反磁力魔帝マグダネ・トネロンの呪詛コードで、『フラゲルタン』のキャレリリア姫は300年の眠りに入ってしまった・・・今から36日後には『フラゲルタン』自体が自然崩壊を始めてしまうだろう・・・我々が所有しているインフィニティ・コバルト・プラチナの結晶を渡せばキャレリリア姫をすぐに目覚めさせて崩壊コードを解除でき、マリーレは即座に解放されるだろう・・・しかし、そうすると我々の空中都市の『バルローネ・シャンゲリス』を自由に移動させることができなくなる・・・そうなるとコロッサル・メタル・ソー(超巨大円鋸)が72日後には確実に『バルローネ・シャンゲリス』に激突して・・・我々は故郷である都市を失うことになってしまう・・・)

 ここまで考えると───スリーピング・ポッドの中でテオドールは目を開いた。

(『フラゲルタン』はマリーレ解放の交換条件として、確実にインフィニティ・コバルト・プラチナを要求してくるだろうが・・・『バルローネ・シャンゲリス』側としてはそれを拒絶するだろう・・・この膠着状態を打破するためには・・・キャレリリア姫を300年の永久凍土睡眠フローズン・スリープに陥れたマグダネ・トネロンの呪詛コードを解除することが一番の解決策だろう・・・さて・・・彼の本当の正体を知っているのは・・・今の段階ではこの私だけだろうが・・・彼の仮想庭園バーチャルガーデンに赴く前に・・・まずは『フラゲルタン』に行って、箱庭長老アンゲル・ユニアスと・・・そして、落ち込んでいるに違いないマリーレに会いにいくか!)

 スリーピングポッドのカバーが開き───テオドールの本体は床に降り立った───そして、テオドールは箱庭長老アンゲル・ユニアスに接見して交渉を行い、その足でマリーレの面会に行ったのである───

***

 さて、テオドールは自身の隠れ家とも言えるシークレットハウスに戻ると、スリーピングポッドの隣に設置してある超仮想宇宙変換装置バーチャル・ユニバース・コンバータのシートに腰を下ろし、メタAⅠに超実行命令ハイパー・コードをインプットした。

「アルネラン! 超仮想宇宙変換開始ハイパー・バーチャル・ブートストラップ!」

「了解しました。テオドール」メタAIのアルネランが柔らかな女性の声で答える。

 シートに深く腰を下ろしたテオドールの頭部、両腕、両足の先端の光神経軸索オプチカル・ニューロン・コネクタに向かって白銀色の蛇のようなフレキシブル・コードが伸びてカチリと接続された。

超仮想宇宙突入バーチャル・ユニバース・ログイン!」

 アンドロイドであるテオドールのメタニュートリノ脳に刻印されている人間だったときの彼のDNAパターンと、大脳神経軸索網ニューロン・パターンのメタ・アカウントによって、テオドールのメタ精神体は深淵なる超仮想宇宙空間へと進攻していった───

「第1層から第5層まで通過・・・第6層にエントリー」

 テオドールの超実行命令ハイパー・コードにより、広大な第1層から第5層までの超仮想空間をスキップし、彼のメタ精神体は第6層の超仮想空間で疑似実体アバター化した。

 そこは───メタ仮想環境創成後の開拓がかなり進んでおり、柔らかな薄緑の草原で石灰岩の塊がそこかしこにある───いわゆるカルスト台地の風景となっていた。

「なるほど・・・やはり、これが魔帝マグダネ・トネロンの好みの景色なんだな・・・」

 独り言の感想を述べたテオドールであったが、疑似実体アバターの身体で周囲を見回した。

 疑似実体アバターといっても、現実世界リアルワールドでの本当の肉体で感じるあらゆる感覚がナノレベルまで忠実に再現されており、現実世界リアルワールドとの差異は全く感じられない───視覚、聴覚、臭覚、皮膚感覚、温度、湿度あらゆる感覚がである。

 すると──50mほど離れた石灰岩の小高い丘の上に膝を抱えて座っているダークブラウンの髪の少年の姿が見てとれた。

「あの少年か・・・だが、油断は禁物だな」

 テオドールは独りつぶやくと、小高い丘目指してきみどり色の草原を歩み始めた。

 草原と言っても───そのすべてが超仮想宇宙の疑似実体である。

 草の地面を踏みしめる感触、白く薄いボトムスの布越しに感じられる長い草の感触、頬にわずかに感じる湿気を帯びたそよ風・・・すべてが仮想のものである。

 超仮想宇宙第6層のこの領域ドメインは、まぎれもなく魔帝マグダネ・トネロンの支配領域であるので───テオドールは慎重に近づいていく。

「君の名は・・・テオドールだね?」

 あと10mほどのところまでテオドールが迫ったとき、ダークブラウンの髪の少年は膝を抱えて後ろを向いたまま話かけてきた。

(やはり・・・私のメタ・アカウントでも、その痕跡は読み取られていたらしいな・・・)

 テオドールは覚悟を決めて少年に話しかけた。

「そのとおりさ!・・・で、君の名は・・・プリンス・ホーリン・・・でも・・・」

 テオドールはそこで一旦言葉を切ったが、そのあとは少し張りのある声を繋げた。

「今の名前は・・・魔帝マグダネ・トネロン!!」

「なるほど・・・ここが私の領分シークレット・ドメインと知って、侵入してきた訳か」

 ダークブラウンの髪の少年はテオドールの方を向きながら立ち上がる。

 その灰色の瞳には強い敵意が表れていた───

「魔帝マグダネ・トネロン・・・いや、プリンス・ホーリンと呼ばせてもらうよ・・・君がその気になれば私の疑似実体アバターを簡単にログアウト・・いや、最悪、私の疑似実体アバターを永久にこの超仮想宇宙第6層に閉じ込めることもできるはずだ・・・が、当然、私はそれを望んでいない」

 テオドールは、マグダネ・トネロンが実行するかもしれないことを、敢えて先手を取って口にした。

「・・・何が言いたい?テオドール? 私はすぐにでもそうしてやろうと思ったんだがな?」

 魔帝マグダネ・トネロンことホーリン王子は、音もなくいつの間にかテオドールの3m程手前まで接近していた。

「君が真砂鉄王国フラゲルタンに深い恨みを持っていることは良く知っている・・従弟のナルディー公子をで殺されたようなものだからな・・・」

 テオドールはわざと相手の怒りを少しあおるような事実を口にした。

で殺されただと?!」

 ホーリン王子はその少年の顔に青ざめた怒りを露わにしてきた。

「テオドール!・・・お前も知っているのではないのか?! あれはなんかじゃない!! 真砂鉄王国フラゲルタンの貴族の一人グローケヌ侯爵が、我がマグダネリアド小王国の前の政府の影の黒幕の一人ザルツロンドのヤツと結託して、我々王族を政治の舞台から完全排除するために仕組んだ暗殺だ!!・・そして、グローケヌ侯爵の血筋は今のフラゲルタンの王族と同じ血筋だ!! その王族の最高位であるキャレリリア姫を永久凍土睡眠で眠らせて王族の中央宮殿センターパレスを王族の血筋もろとも消し去って何が悪い!! 死ぬのは王族の奴らと、彼らを奉る一部の高級市民だけだ!! 何もフラゲルタンの箱庭都市すべてを破壊し殺戮するわけでは無いぞ!!」

「・・・なるほど、やはり君は真相のを知っているのだね?」

 テオドールはホーリン王子の言葉を全く否定しなかったが、敢えて含みを残した言い回しをした。

「テオドール! やはり、お前も真相を知っていたのだな?・・いつからその事実を掴んだのだ!?」

 ホーリン王子はテオドールに詰め寄ってきた。

「ナルディー公子が殺された30年前の少し後からだ」

 テオドールは事も無げにそう答えた。

「なに?!・・・この私が、その事実を掴むまでに、15年弱の歳月を費やしたのだぞ!!」

 ホーリン王子は心底驚いた様子であった。

「君は、30年前は、まだ世間のことをほとんど知らない14歳の王子だった・・しかも、周りの取り巻き連中には政府の黒幕のザルツロンドの息がかかっていた・・君が真相になかなかたどり着けなかったのも無理はない」とテオドール。

「・・・テオドール。 お前の噂を聞き、お前を知るようになったのは、この私も7年前からだ・・・お前は元は人間だが、今はアンドロイドだという・・お前が人間として生まれたのはいつなのだ?」

「私は今から121年前に人間として生まれ、72歳のときに不治の病でアンドロイドの体となった・・脳のニューロンも人造だがね・・だが、人間だったときの記憶は全て残っている・・・君は今、この超仮想宇宙第6層をすべて掌握している・・・その事実は認めよう・・・だが、さらに深い階層についてはどうだい? 例えば第7階層などは?」

「なるほど、君は私よりもだいぶ年上なのだな・・・そのアンドロイドの外見は30歳そこそこに見えるが・・・もっとも、私も人の事は言えないが・・・私の本体の肉体は44歳になるのだが、このホーリン少年は14歳の姿なのでね・・・しかし、第7階層だと? 確かに探索は重要と思われる部分は済んでいるが、まだ全体を掌握した訳ではない・・・それが、今回の話とどんな関係があるんだ?」

 少し冷静さを取り戻したホーリンであったが、改めてテオドールという人物の謎に気づかされたようで・・・さらなる疑問をテオドールにぶつけてきた。

「テオドール・・・さっき、お前は”君は真相のを知っている”と言ったな? あれはどういう意味だ? まだ、私が知らない真実があるというのか?」

 テオドールは話の流れを見て、ここで切り札を出すことを決めた───

「君の知らない真実がある!・・誓って言おう、私は本当のことしか言わない・・・プリンス・ホーリン、君はナルディーに会うことができる!」

 ホーリン王子の顔は一旦青く、そして怒りのためか、すぐにどす黒く赤く変わっていった。

「なんだって?・・・おい、テオドール! そいつは何の冗談だ? この私をバカにしているのか? それとも・・自分が助かるための底の浅いウソか?・・・本当にそう言うならば・・証明してもらおうじゃないか?!・・私は・・ナルディーの死を見届けただけではないぞ!・・その体が聖王水によって溶かされ・・そして、最終的に1つの聖立方体遺骸キューブ・リメインになり、墓所に葬られるまでのすべてを見届けている!・・・それで、どうして会うことができるというんだ?!」

 ホーリンの言葉には、まるで、ナルディーの墓を暴かれたかのような怒りが込められており、彼は仮想現実の肉体の拳を握りしめていた。

「プリンス・ホーリン・・その事実は私も知っている。 確かにナルディー公子の肉体は滅んだ・・だが、その精神実体スピリチュアル・エンティティが私の脳のニューロンと同様に、無限脳神経軸索インフィニティ・ニューロンデバイスに格納されているとしたらどうだい? もしそのデバイスをアンドロイドの頭部に移殖すれば、当然、私のように生きている人間のごとく振る舞うことができる・・」 テオドールは静かにそう答えた。

「なんだって?!・・そんなことはあり得ない! ナルディーの精神実体スピリチュアル・エンティティ無限脳神経軸索インフィニティ・ニューロンデバイスに格納する余裕などは無かった!・・彼はあっと言う間に死んでしまったのだぞ!」

 テオドールを睨みつけるホーリンの眼は鋭かった。

「・・ナルディー公子の体を貫いた黒い金属パイプが、ただの工事用の材料だと思っているのかい?・・君も知ってのとおり、ナルディー暗殺には、君のブレインとして働いていたハル・ベルタ博士も絡んでいたのだが・・結局、ある程度、暗殺に絡む人物が判明した時点・・君が魔帝マグダネ・トネロンとなり実権を掌握したときに・・永久凍土睡眠によって彼を致死永久睡眠刑スリーピング・トゥダイにしてしまった・・」

「彼を・・頼りにしていたが、この私を裏切ったんだ! 当然の報いだ!」

 ホーリンの睨みつける眼はまだそのままだった。

「・・だが、ハル・ベルタ博士にも、君を裏切りざるを得ない理由があったのだ・・子息を暗殺グループの人質に取られていたのだ」

「・・・む、それは確かに彼の口から聞いたが・・詭弁と思っていた・・だが・・そうだとしてもナルディーが死んだことに変わりはないぞ!」

 ホーリンの口調には、やや戸惑いが感じられた。

「・・そして、ハル・ベルタ博士は自分にできる範囲で、君に対する恩に報いようとしたのだ・・つまり、ナルディー公子の身体を貫いた黒い金属パイプは・・工事用パイプと見せかけて、実は遠隔精神転送端子スピリチュアル・トランスファー・プローブだったのだ!」

「えっ?! なんだって!・・それじゃ、ナルディーの精神実体スピリチュアル・エンティティは・・」

 ホーリンは驚きのあまり目を剥いてテオドールに詰め寄った。

「そう・・ナルディー公子の精神実体スピリチュアル・エンティティは・・今は、第7層にある無限脳神経軸索インフィニティ・ニューロン・デバイスに・・私が匿っているのだ!」 

 ついに、テオドールは切り札を切った。

「えっ!!・・・」

 絶句するホーリン。

「・・ナルディー・・ナルディーに会いたい!・・話をしたい!・・この長い年月・・ナルディーのことを忘れた日なぞ無かった!」

 ホーリンの今までの強硬な態度は嘘のように消えていた。

「・・テオドール・・お前は・・会わせてくれるのか? ナルディーに?」

「そのつもりだ・・ただし、君にもそれに相当する対価を支払ってもらいたい」

「・・なんだ? お前の言う対価とは?」

「フラゲルタンのキャレリリア姫にかけた呪詛コードを解いてもらいたい・・もう、君は十分に復讐を果たしたはずだ・・ここらへんで折り合いをつけてもらえないか?」

 テオドールの眼はまっすぐにホーリンの眼を捉える。

「・・なるほど・・そういうことか・・君たちの浮遊円盤都市バルローネ・シャンゲリスと、キャレリリア姫の真砂鉄王国フラゲルタンとの間の武闘取引バトル・ディーリングについては知っている・・」

 ホーリンは少年である自分の顎に手を当てて少しの間考えていたが・・やがて、意を決して答えた。

「わかった・・もう・・いいさ・・・終わりなき復讐の連鎖が拡大して、やがてこの私を殺すやいばにもなるだろうからな・・・ナルディーに会えたなら、すぐさま、キャレリリア姫にかけた呪詛コードを解くと約束しよう!」

「・・君の決断に感謝する!」

 テオドールはそう言うと、笑顔とともにホーリンに右手を差し出した。

 ホーリン少年もやや笑顔となり、その手を握り返した。

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