3 ディナー、考えとく

「ンドペキと食事か……」


 サリから、言葉尻の微妙な声が返ってきた。

 どう応えるのがいいか一瞬逡巡したが、やっぱり止めだ、と言えるものではない。


「どう? 別に今日でなくてもいいけど」


 こう押しておけば、今、サリが逃げ帰ることはないだろう。

 もし、踵を返すようなら、またの機会を待てばいいし、そもそもこの女でなくてもよいのだ。


 サリは考え込んでしまったのか、またも沈黙が流れた。

 相変わらず、曇った空に砂塵が舞っていた。




「まずいのがいる」


 上空を巨大な影が飛んでいた。

 水平距離にして五キロほど先、高度約千五百メートル。

「遠回りするしかないな」


 通称、ドラゴンと呼ばれる鳥が弧を描いていた。

 めったにお目にかかることはないが、伝説上の竜などではない。超大型の海鷹だ。

 図体がでかい割りに敏捷で、あっという間に背後に回られてしまう。

 この鳥がどうして生まれたのか、知りはしないが厄介な生き物であることに違いはない。


「ディナー、考えとく」

 サリはそんな言葉を送ってきた。

 そんなことより、今はぐんぐん距離が縮まりつつある目の前の鳥をどうするか。



 俺とサリの二人で対峙するには荷が重い。

 飛行系の戦士がいないパーティでは戦術に限界がある。

 もともと、飛行系の戦士など、世界中を探してももうめったにお目にかかれないが。


 丘陵部での戦闘は分が悪い。

 むやみに攻撃を仕掛けてくるやつではないが、虫の居所が悪ければ執拗に追ってくるだろう。

 倒せたとしてもなんら得るものはないし、ここでエネルギーを消耗したくはない。



 俺はすぐさま大きく進路を変えた。

 あいつからは、こちらが見えているだろう。派手な砂塵を巻き上げている。

 俺は愛用の高光沢メタルの黒い装甲。サリもいつもの鏡面バトルスーツ。

 反射した光は鷹の目に届いているはずだ。


 鳥は旋回をやめ、こちらを追うがごとくにすっと横滑りしたかと思うと、一気に高度を落としてきた。

 俺は鳥からできるだけ離れようとスピードを上げた。

 鳥は追ってくる気はないようで、再びあっさり高度を上げていくと、元のようにゆったりとした旋回に戻った。



「あいつは海の獣を食ってるらしい。いったい毎日どれだけ食ってんだろうな」


 サリから返事がない。


「ん?」


 ゴーグルモニタの隅っこに先ほどまで点灯していたサリがいなかった。

 パーティメンバーの位置に小さなマークが点灯するのだが、今は暗い。



「サリ」


 呼びかけに応答がない。


 俺はすぐさま全速力で引き返し始めた。

 ゴーグルはすでに広視界モードに切り替えてある。

 しかし、スコープは以前暗いまま。

 半径十キロ以内に兵士は誰もいない。


 視界の隅で、鷹が急降下するのが見えた。

「なに!」

 反射的に白熱弾を放ったが、鳥の翼をかすめもしないで大気に吸い込まれていった。



 連続して撃った。

 しかし鳥の姿は見えなくなった。

 地上に降りたのだ!


「サリ!!」


 戦闘中に無意味に呼びかけるのはタブーだが、俺は思わず叫んでいた。


「どこにいる!!」


 位置ランプは依然点灯しない!!




 俺は部隊の本部に緊急連絡を入れながら、鳥が降り立ったと思えるエリアに急行した。

 あたりの地形は起伏が激しく、視界が利きにくい。

 どこかの窪地に倒れたサリを鳥が執拗に攻撃しているのではないか。


 俺は立ち止まり、地這レーダを流した。

 巨大な熱感反応!

 鳥だ!

 が、その瞬間、鳥が飛び立った。

 数秒後にその地点に到達したが、そこにサリの姿はなかった。



「サリ!!」


 やはり応答はない。

 依然としてスコープには何も映らない。

 鳥が飛び立った窪地は、浅い水溜りと少しの草が生えているだけの荒地だった。

 身を隠すようなものもない。



 サリの姿はおろか、彼女の装備の一部分さえも見つけることはできなかった。


「まさか」

 鳥がサリを連れ去ったのか。


 鳥の姿はすでにない。

 すぐさま視界の利く稜線に移動したが、見渡す限り空には一点の染みさえなかった。

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