1章 ディナー、考えとく

2 私にはちょっと手ごわいかも

 今日こそ、こいつを殺る。


 こいつは、女だ。たぶん。



「さ、行くぞ」

 先に立って進み始める。

 いつものように、彼女は一拍遅れて飛び立った。


 こいつを殺さねばならない理由はない。

 本当は誰でもいい。

 ただ言えることは、誰も俺がやったとは思わないだろう、というだけだ。

 特別に仲のいい「仲間」。

 そして俺の部下だから。



「今日はどっちに行く?」

 電子音声とともに、ゴーグルモニタに緑色の文字が流れた。

「ちょっと遠くまで行ってみるか」

「うん」

「アドホールなんかどうだ?」

「あそこ、私にはちょっと手ごわいかも。ちゃんと守ってよ」

「了解」



 アドホールにたむろする連中はキルマシン系。第4次世界大戦のアフリカ内陸戦に投入されたものだ。

 その後四百年経つうちに、自らを強化する術を会得し、現代の兵士を手こずらせる。

 パワー、殺傷力、強靭さ、敏捷性と持久力。

 どれをとってもンドペキ達と同等の能力を備えている。しかも、組織的な行動ができる。

 つまり臨機応変な思考能力を持ったマシンのひとつである。


 アドホールまで飛べば、人間の兵士達の数は極端に少なくなる。

 こいつをやるには絶好の場所だ。

 人目は少ない。

 そして、政府の監視も手薄だ。たぶん。

 あのエリアでサーベイランスアイを見たことはない。

 監視衛星はカバーしているだろうが。



 サリは従順について来る。

「俺と二人じゃ、不安か?」

「ううん。ぜーんぜん」




 幾重にも積み重なった瓦礫の山の上を駆けていく。

 俺もサリも、同型のブーツを装着している。抵抗をできるだけ小さくするために、地面ぎりぎりの高さで推進する軽戦士用タイプだ。


 余計なエネルギーを消耗しないよう、俺とサリは時速百キロ程度を維持しつつ、構築物の残骸を縫うようにして走った。

 サリは右利き同士のペアパーティの基本的隊形を守って、右四十五度後方百メートルの位置にぴったり付けている。敵を容易に挟み撃ちにできる位置取りだ。



 目的地までの移動中に必要な情報交換はしておくのが普通だが、サリから話しかけてくることはまずない。

 二人で狩に出かけることは度々あるが、いつまでたっても打ち解けない奴、という印象の女だ。

 素顔を見、声を聞いたのは二年程前。記憶は定かではない。

 しかも本当の性別は不明。

 擬装用マスクは普通に市販されている。


 ただ俺は、サリが女だと思っていた。

 確か、美しいブロンズの長い髪を持っている。

 サリ自身は女であるように振舞っていたし、仲間も女として扱っていた。



 よほど親しい仲でない限り、性別を尋ねることはないし、過去を尋ねることもない。

 まして本名は。


 明日死ぬかもしれない兵士だからではなく、自分が何者であるかを他人に知られることが、誰にとっても非常に大きなリスクだからである。




 しかし、俺はどうかしていたのかもしれない。

 こいつを今日殺すことに、知らず興奮していたのかもしれない。

 タブーを破った。



「サリ」

「なに?」

「今日、帰ったら食事しようか?」



 他人を食事に誘う。

 それは、きわめて稀な出来事である。

 現に俺は、過去に誰かと食事を共にした記憶はない。

 ヘッダーやゴーグル、そしてマスクを外し、皮膚を見せ、機械を通さない生の声を聞かせる。

 とてもできることではない。

 口の部分だけ開いたマスクも市販されてはいるが、まともに使える代物ではない。 



 サリは応えない。

 聞こえなかったはずはない。



 作戦中の会話は、通常はキュートFモードを使用する。

 音声と文字データで、半径百キロ程度にいる部隊内全員に送られる。

 戦闘中は音を聞き分けられなくなる場合があるので、文字もゴーグルの中に流れる仕組みだ。


 キュートモードという文字データのみ、近接した特定の相手と話す違法なモードもあるが、俺はいつものようにFモードを使っていた。

 キュートモードを使えば、サリに不審に思われるかもしれなかったからだ。

 Fモードでは、隊員の誰かに聞かれているかもしれないが。





 どこまでも続く同じような景色。

 灰色の汚れた世界が延々と視界を覆っている。

 有機物が失われた大地は、薄いサーモン色をした砂塵を絶えず巻き上げている。


 俺達は一定のスピードで走っていた。

 アドホールまでの行程半ば辺り。

 瓦礫の街を過ぎ、原野に入っている。

 ところどころに建物の跡やタンクのようなものはある。

 かつては豊かな農地が広がっていたのかもしれないが、数百年の間放置されて、今は荒地にも育つ植物がところどころに貧弱な群落を作っているだけ。


 前方に山並みが見えてきた。



 ゴーグルのハイスコープのモードを変えれば、山並みの細部まで、場合によっては山肌に潜む敵の姿も認めることはできる。

 その反面、足元がおぼつかなくなる。

 グレードのより高いブーツを装着すればさらに高度を上げることができ、接地タイプのマシンからの攻撃を避けやすくなるが、それではエネルギー消費が大きくなり、結局は搭載するものの重量増加を招く。

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