第46話
「僕は対等に接したいだけだよ。これはゲームだ。楽しもうじゃないか」
大岡はさらに部屋を全体を変えた。地面が割れ、ブロックごとに入れ替わる。障害物があったところの一部が構造物に代わる。家具がない部屋が割り当てられているだけの2階建ての建物という感じだ。
――そんなこともできるのか。
大岡の設定により、5棟の高低差がある建物とさきほど池谷と戦った障害物があるエリアができた。
私は建物の2階から、大岡は同じ建物の1階からスタートという、初手から1階に降りて出られないという普通ではない状況になる。このまま2階のこの部屋にいたら上がってきた大岡にすぐにつかまってしまう。
そのため、私は2階にいたまま、移動することを考えなければならない。
人生で2階から飛び降りたことはないが、ここはさっそくパルクールを使わなければならないということだろう。
ベランダに出ると、足場を頼りに屋上――屋根の上へと上がる。望遠機能を使って周りを見渡すと、池谷と南さんが心配そうな顔をして私を見ていた。
ゴールは……と。北西側にゴール地点を表す旗が立っていた。あそこまで行けばいいのか。
大岡の位置を探すも姿が見えない。外には出ていないということか。いったいどこにいるのだろう。
三機ある戦術ドローンのうち一機を先ほどいた部屋に隠しておいたが、まだ反応はない。
私は屋上から次の建物に飛び移る道順を考えていると、2階の部屋にあるドローンが足音を拾う。忍び足で階段を上がっているようだ。
――やるしかないか。
私の勝利条件はこの建物内から脱出し、大岡につかまらずに目標の場所まで行くこと。それに対して大岡は私がそのスペースまで突破するのを防ぐか、腰につけているフラッグをとればいい。
目の前には屋根が平坦な建物がある。まずはあそこに移動しよう。
意を決すると、助走をつけてジャンプした。
空中で両手を回し、体のバランスを取りつつ、着地する体勢を取る。普段こんなに高いところに
いない私にとっては建物屋根が自分より下にある、というこの状況が怖い。
なるべく下を見ないようにし――着地する場所だけに意識を集中して着地は『ロール』を選択、足がついた瞬間、体を回転させる。実践で初めてにしては、綺麗に回ることができた。
「うわぁっ!」
だが、回転後にスムーズに立ち上がることができず、勢いを殺せないまま壁にぶつかってしまう。
「痛ぁぁっ……」
痛覚がないアーカロイドなので実際には痛くはないが、生身の体だったら鳩尾を痛めてしばらく息ができなかっただろう。
そのイメージがつい先行してしまい、疑似的な痛みを想像してしまう。
ドローンから聞こえてくる音声が――忍び足だった足音が大きなものに変わる。
私が立てた大きな音に大岡は気づき、先ほどいた建物の2階へと急いで上がってきているようだ。
「急がないと……!」
別の建物に移ってはいるが逃げ切るためには移動しきらないといけない。立ち上がり姿を隠すためとりあえず屋上から2階のベランダへと今度は降りる。今度は室内からの逃走を図ろうと思ったが、2階へ入ったところで、スタート地点の建物にいる大岡と目が合ってしまった。
「――あっ」
ちょうど高さが一緒だったのか筒抜けになっていたのだ。
大岡は私を確認すると、走り出した。そのまま私が開け放っていた窓からベランダに出て、助走をつけてベランダの手すりに足をかけた。
まさか――飛び越えてくるんじゃないよね?
予想通り、手すりを踏み台にし、こちらの建物へとジャンプしてきたのだ。
大岡さんの自信は伊達ではなかった。想定以上に身体能力はものすごく高いのだ。
壁の縁に手をかけ、下方向への落ちる力を足で吸収すると、小窓を手であけ、室内へと入ってきた。
私は逃げるためもう一度、上へと壁を登っていった。早くこの周辺から離れないと……!
大岡の位置を常にモニタリングするため、忍ばせていたドローンを回収――戦術ドローン3機すべてを上空へと飛ばす。
ドローンによる精密スキャンを使い、この敷地全体の構造を把握し視界右上にマップに同期させ表示させる。精密スキャンにより、大岡の位置が赤い点となって一時的にマップ上に表示された。
だが、もって数分だろう。
今まで縦に逃げていたが、横方向を使うことにした。
マップを見ると敷地東側には建物が3棟、西側に2棟と障害物でできた壁などがあるようだ。
あそこまで行ければ体を隠せるだろう。
高低差を活かして上へ上へと逃げていく。普段なら絶対行かないようなところも今の私には手段としてそのような高所の場所も使えている。
屋上から配管を模した管を使い壁を下へと降りていく。
地上に降り、マップを確認すると、大岡の位置を表す点はまだ室内にいた。
こちらが見えていない今がチャンスだ。
横切るように西側へと走る。建物の陰に隠れ、地図を確認すると赤い点滅をすでに消えてしまっていた。
――しょうがない。目視で確認するか。
建物の陰から東側を覗く。大岡は屋上にいて私の姿を探していた。
屋上に行けば必然的に大岡もゴール地点を知ることになる。
先ほどまでは私が先にゴール地点を知っていったため、一手上回っていたがこれで優劣はない。
ゴール地点を知った大岡はどのような行動をとるだろうか。
ゴール地点を先回りして居続けるか。――いや、彼ならゴール地点を先回りして居続けるなんて選択はしない。
勝率が高い選択を取りつつ、自ら捕まえたくなる性分だろう。おそらく、ゴール地点側から私を捕らえに来るに違いない。
大岡が動き始める。彼の動きは生身の体でのパルクールを使う敏捷な動きは高所から落ちる恐怖を感じさせない。
だが、私はアーカロイドのアシストを使いつつも、どこか「怖さ」を抱いていたのだ。
使用者のイメージが性能に影響を与えるアーカロイドにとって「恐怖」は克服しなければならないものだった。
大岡がゴール地点に向かっている間に私がゴールとの距離を詰める必要がある。私も移動を開始しよう。西側の際まで行くと、しばらくは障害物をリズムよく乗り越えたり、時には障害物に隠れながらゴール地点を目指す。
リキャストタイムが終わったことを確認すると大岡の位置を知るため、戦術ドローンで再度、敷地全体の精密スキャンをかける。
その時、地図を見るより先に視界内の表示が変わる。
『対象が迫っています。注意してください』
「えっ!?」
アラートがなり、視界内に注意を促す表示がでる。
その方向を確認すると大岡が跳躍してくるの影がみえる。
彼は着地と同時に慣れた綺麗なロールを繰り出し、私の目の前に降り立った。
「大岡さん……。なんでこんなところに」
大岡はゴールに向かっていなかった。直接、私のフラッグを取りに来たのだ。
「君の力はそんなものか?」
方向を変え、私も一目散に逃げるも、彼の動きは平坦の場所と足元が悪い場所がある中でひるまない。ランダムで障害物が生成されるこの場所で走り慣れているかのように私に迫ってくる。
本物の鬼のように迫ってくる彼の様子に私の中により恐怖が支配してくる。
――君を捕まえたら、君のそれを貰う。
このフラッグ鬼ごっこが始まる前に大岡は私にだけ聞こえるようにそういった。
君のそれ――大岡が指をさしたのは私自身だった。それはつまりアーカロイド。
彼は最初から知っていたんだ。アーカロイドのことを。だから優しく装った。
その時の彼の眼光は恐ろしかった。
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