第44話

「……すいませんでした!」


 池谷は深く腰を折った。


「別に……いいですよ。気にしてないですから」


 私の言葉は聞いていないのか、それでもとさらに深く腰を折る。


「本当に申し訳ありませんでした!」


「だから、大丈夫ですって!!」


 池谷は膝をつき、手までついたところで私は制止する。南さんはまあまあ、というように両手を振っていた。

 彼に嫌味を言われたときは、納得いかない気持ちがたまったが、彼と一戦してそんな気持ちはどこかにいってしまった。


「お詫びというわけじゃないけど、君に渡したいものがある」


「もう……君って。素直じゃないんだから。名前で呼んであげればいいのに」


 池谷はプライドは低い方なのか、気持ちを切り替えているようにみえる。

 南さんはすんっ、とした池谷に対してあきれた様子をみせた。

 池谷は気にせず、試験場から出ていくと、デスクに向かう。引き出しをひくと、そこから暗号化された小箱を取り出す。中からでてきたのは1つのデータスティックをだった。


「それは? あっ。もしかして先日、夜遅くまで作業してたのってそのため?」


「まあ、そういうことですね。…………加野さん、これもアーカロイド用の追加モジュールだ。さっき使っていたドローンはハードウェアだとすると、こいつはソフトウェアってとこかな。これをダウンロードすればアーカロイドのが運動性能が大幅に上がるはずだ」

 

 南さんはもしかして、と一言いうと、

 

「池谷君が見ていたのって、海外の人たちの――いわゆるPOVってやつよね? ただ人が走り回っているだけの」


 と何かを思い出すしぐさをしていた。


「半分正解ってところですね。でもあれはただ走り回っているだけじゃない。移動動作の一種です」


 二人の話を聞いていて私の中でピンと来るものがあった。脳内ではある映像が思い浮かぶ。

 街の中を走り回ったり、高いところから飛び降りたり、ジャンプしたり……あれは――。


「もしかしてパルクール……ですか?」


「おお……! よく知っているな」


 私が知っていたことが意外だったのか池谷は驚いたような声を上げた。

 

 「前に動画で見たことがあります」

 

 以前、パルクールの動画が動画サイトで流れてきたのを見た時に高いところで飛び移っているところを見て、足を滑らして落ちないかハラハラした。でも忍者みたいに身軽に動き回っていてかっこよかった。

 ただあれは闇雲に飛び降りているわけではなく、飛び降りて着地するときに落下時の衝撃を分散する方法がいくつかあるらしい。

 

「――そうか。それなら話がはやい」


「詩絵ちゃんにその――パルクールだっけ? それをやらせるの!?」


 南さんは本気? というような顔で池谷を制止する。確かにいきなり真似をしてみろ、と言われても無理がある気がする。私運動音痴だし。

 

「何か問題がありますか? 生身の人間がいきなりやるには危険も伴うが、アーカロイドならうってつけだと思いますが」


「どういうことですか?」


「まあ、物は試しだ。移動するぞ」


 私たちが最初にいた第一試験場を出ると、廊下を歩く。移動、と池谷が言った時点で遠いことも予想はしていたが、案の定、隣の部屋ではなかった。

 エレベーター前まで来るとエレベータには乗らずそのまま横切る。階段で行くのかと思ったらそれも使わず、非常用と思われる扉を開けた。

 そこには半階分の階段があるだけだった。0.5階降りるということなのだろうか。

 その階段を降りたところの先にある、扉を開けると通常よりも高さがある部屋に入った。高さがあるのは天井だけでなく、下も――つまり地面も。ここを第二試験場だと仮定すると、先ほどのコンテナなどの障害物のあった部屋にブロックなどで高低差を付け加えたような部屋だ。普段の部屋は何もない空間でまっ平のようだ。状況に合わせて部屋を変えることができるのだろう。


「じゃあさっそく、ダウンロードするぞ」


 池谷はパルクールのデータが入ったデータスティックを私の首あたりに触れさせた。

 すると私の視界上に緑色のスクリーンが表示され、メッセージが出現する。


『非接触によるアクセスが確認されました。――スキャンの結果、このファイルは安全です。ダウンロードしますか?』


 私は読み終えると、そのメッセージに「はい」と答える。すると、進行状況バーが表示され、5秒程度で完了した。

 アーカロイドが取り込んだデータを分析しているのだろうか、様々な文字の羅列が高速で流れていく。


「どうだ。うまくいったか?」


 池谷に問いかけられ、目の前の表示をバックグラウンドに表示させ、池谷の方を向く。


「えっと……。いただいたデータは入れ終わりましたが、アーカロイド内部が忙しそうに動いています。しばらくかかりそうですが――あ、いま終わったそうです」


 バックグラウンドに移動させたスクリーンが再び前に表示される。それまで忙しそうに羅列して動いていたメッセージは、今は止まっていた。

 

『――動作確認……完了、身体データとの同期……完了――』


 全ての項目が完了になっていて、特に問題はないようだ。良かった。

 私の体の動きは以前と変わらない。何か変わったのかな?


「まあ、実際に動いてみると分かると思う。――そういえば俺と撃ち合った時の最後の開脚はどうやったんだ? 動作イメージはあれと同じだと思うけど」


 最後の開脚? あの前後開脚をやったときは無我夢中だった。頭の中で閃いて思い描かれたものがそれだった。その強いイメージのまま、体を動かしたらできてのだ。

 

「あれは勢いでやったので、何度もできるものではないです……」


「そうか、それならすごいな。君はやはりアーカロイドを扱う素質があるようだ」


 池谷が言う、私に素質があるかどうかについては正直自分では分からない。それはデジタルネイティブの人が新しいものを使いこなしてしまうのと同じような感覚だからだ。それを素質と言うのであれば若い人全員がアーカロイドを扱えるともいえる。実際にヒナも使用していたのだから。

 慣れの問題――と言ってしまうのは簡単だが、私はアーカロイドは年齢関係なく誰にでも使える物になってほしいと願っている。


 ――そのためにも私自身が使いこなせるようにならないと。


「あの……練習してみても良いですか?」



 


 

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