第28話 騒めきの心
私の目の前にヒナが歩いている。彼女は髪を揺らしながら、椿愛海と無邪気に話していた。
「せっかくの機会なんだから、積極的に関わればいいのに」
私の隣にいる椎名は少し呆れ気味に声を投げた。
「うん……」
私の返事は淡々としたものだった。結局、私がヒナと喋ったのは最初の自己紹介の時だけだった。その後は彼女の後姿をただ追うだけで、言葉を交わすことはなかった。
「そんなに難しいのか……?困ったな……」
「相手の心が分かる道具があればいいのにな」
私は無力感に打ちのめされ、ぼんやりとそんな願いを口にした。相手の考えが分かれば、こんなに悩まずに済むのに。その思いから漏れ出た言葉だった。
椎名は私の言葉を黙って聞いていた。
「そんなものに頼ってどうする。それじゃ、いつまでたっても進まないぞ」
と、彼は冷静な視点で私の投げ出した言葉をとらえた。
「でももしそういう道具があるなら使わないともったいないよ、存在するってことは必要なんじゃない?」
私の反論に、椎名は一瞬だけ黙って考えた。そして、
「なるほど、まあいい。それより提案がある。俺と橘がちょっとこの場を離れる。それなら加野さんと旭川さんは二人きりになれるだろう」
椎名の提案は直接的なものだった。椎名と橘愛海が離れている間に何とかしろ、そういう意味なのだろう。それなら自然と話すことができる。でも椎名の代償が大きいような気がする。
「それは悪いよ……。そこまでしなくても」
「旭川さんと話したかったんじゃないの?」
「……そうだけど」
私としてはこれを機に学校で話せるようになり、秘密をいつか伝えられればという楽観的な考えを持っていた。ただ、今現在話せていないのに、学校でも話せるとは限らない。せっかく椎名がここまで機会を作ってくれたのに、まだ後ろめたい気持ちが自分の中にあることが申し訳なかった。
確かに二人きりになれば、アーカロイドのことを話すチャンスができる。私が一番望んでいた千載一遇ともいえるチャンスが。でも正直に話したときどうなるか分からないのが怖かった。
ヒナとしては触れてほしくない話題の可能性もある。
ヒナに危険が迫っているかもしれない、そのことは伝えなければいけない。それを話す前に、乗り越えなければならない大きな壁が目の前に立ちはだかっていて、私を怖気づかせるのだ。
以前、三輪さんからアーカロイドのデータの扱いについて言われたことがある。
――今博士の方に定期的に送信しているのは、機能面の動作データ。だけどアーカロイドはもう1つデータを収集していてそれは操作者の行動データだ。もらった要望書曰く、これはブラックボックスの中に入っているらしい。
アーカロイド側と接続機器の
――詩絵ちゃんはもちろんもう分かっていると思うけど、自身の体を動かす代わりにフルダイブによってアーカロイドを動かしているわけだからな。
アーカロイドがなにかに触ったり、見たりするアーカロイドの感覚情報も受け取っているわけだからその情報からまた何か感じることもあるだろう。アーカロイドと繋がっている以上、詩絵ちゃんが何を感じて、どう行動しようと命令したか、送受信しているものはすべてログで残っている。それも今まで使用してきた時間分ね。
それはすでに膨大なデータ量になっているはずだ。人によって動きの癖は違うから、これらのデータは詩絵ちゃんの行動を補助するためにも使われているはずだよ。
ないとは思うが無茶はしないように。アーカロイドを操作をする以上、倫理に関するデータもあるんだってことを念のため知っておいてほしい。
この話を三輪さんから聞いたとき、ふと思ったことがあった。だけど、具体的なものが私の頭の中に形作られることはなかった。あとすこしで届きそうなのに――。すっきりしない感じだ。
ヒナはどこまで知っているんだろう。
――話したい。不安を抱える気持ちと、話したい、という気持ちが混ざり合っている。
アーカロイドを手にしてから、私は変わったと思っていた。全然変われていない。これでは昔の自分のまま。
「……椎名、お願いしていい?私頑張って話してみるから」
「おうおう、前向きになってなにより。じゃあ、頑張れよ」
椎名の意外な提案により、私とヒナは二人きりになることが決まった。同行している椿優海は、なにやら椎名の提案に興味津々の表情を浮かべ、ニヤリと微笑んでいた。私は思わず、椎名は一体何を椿に話したのだろうと心の中で問いかけた。
再度合流する際はスマホで連絡し合うことになり、私たちはショッピングモールのエスカレーター前で椎名とは別れることに。
ヒナと私だけが残され、瞬間的な静寂が空間に広がった。その静寂を破ったのは意外にもヒナだった。
「……いこっか」
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