第二章 学校編
1.双極の秘跡
第23話 新たな同盟者
ふと横を見た教室の窓からは校庭の緑が普段より鮮やかに見える。気を紛らわすために景色を見るも、視界の左上に常に表示されているデジタル文字の時刻は私を現実へと引き戻す。
「はぁ……」
私の口からはついため息が出てしまう。教科書を何度もめくるのが嫌で、アーカロイドの機能――視界撮影で撮ったいくつかの公式を視界にAR表示させているが、最初は便利だと思ってなんとなく使ってみたものの私を授業へとまじめに参加させるよう促されているような気もしてなんだか、変な気分だった。だが、視界の端に動画サイトを表示させ、こっそり見ながら授業を受けることも可能だな、と思うと技術がどんなに進化して便利になっても、人の怠惰さはいつになってもきっと変わらないんだろう。むしろ技術の進化に伴って息の抜き方も合わせて適応していくに違いない。
チョークの音が教室内に響き渡り、先生が解説を交えながら、計算問題の途中式を書いていく。周りの生徒は黒板や教科書をみながら静かに書き写している。私の斜め後ろの席の友人――長谷川ゆかりの方をみると、彼女は首をかしげながらも黙々と解いていた。きっとゆかりは先生の解説を聞かずに教科書の先の内容までに手を出しているのだろう。
先生の解説を聞いても慣れない公式と計算問題に苦しむクラスメイトたちの視線を感じながら、私も次の問題を解くため手を動かした。
今の私と同じように今日もアーカロイドで学校に来ている旭川ヒナも同じように授業を受けているのだろうか。学校では二人、このクラスの中で一人最先端技術を使って授業を受けているのは、いささかチートをしている気分にもなり、試験の時はアーカロイドで学校に来るのは控えよう。
朝早くに旭川博士の弟子――三輪さんの家からアーカロイドに接続し、学校に登校したが今のところ特に問題なくいつも通り授業を受けることができている。今は4限の数学の授業だが、それまでに国語、物理、日本史と授業を受けた。先日のアーカロイドのメンテナンスでいくつか機能のアップデートもされたらしく、ネット接続しその場で検索して調べたりするのがスムーズにできるようになっていた。
今まで授業を受けて分からないことがあった時はとりあえず教科書に付箋を貼っておき、家で復習していたが、今は分からないことがあれば都度その場で検索して調べている。そのおかげか理解が早くなり、頭がよくなった気分だ。休み時間に友達から質問をされても、すぐに答えられたりすると成長を感じられてとても良い。
数学の授業も難なく終わり、お昼の時間になる。授業で使ったノートや筆記用具をカバンの中にしまうと、私はトイレへと向かった。三輪さんにアーカロイドで学校に行く許可をもらう条件として、私は彼とある約束をした。それは休み時間になったら一旦、アーカロイドの接続を解除する、ということだ。身体が空腹や尿意を感じた時、アーカロイドの視界内にアラートが表示されるようになっているが、もちろんアーカロイドで接続中は食べることやトイレをすることはできないので、そういった意味でも解除する必要がある。しかし、長時間の使用がどの程度体に影響を及ぼすかよく分かっていないのでトイレ休憩を含め、1時間~2時間程度で一度接続を解除するようにしている。
トイレに着くと、私は一番奥の個室に向かった。個室に入ると私は便器に座り、楽な姿勢になる。耳を澄ませ、誰もいないことを確認すると、接続を解除するためのコマンドを私は小声でつぶやいた。
「アーカム・アウト」
視界が真っ暗になり、体の感覚がなくなる。しばらくして下方向の重力を感じ再び目を開けると、そこはトイレの個室のドアではなく、白い無機質な天井が視界に入った。ここは三輪さんの家の裏庭にある作業所の一室だ。無事に戻ってこれたようだ。
ベッドから体を起こし、少し凝り固まった体をほぐす。フルダイブ酔いを起こさないようにゆっくりと体を動かした。ドアを開け、部屋から出ると三輪さんが私に気づいた。
「詩絵ちゃん、お帰り」
「ただいま……です」
若干のフルダイブ酔いを感じ、少し体が重い。だがまったく動けないわけではない。最初はかなり辛かったが、何度かアーカロイドを使って接続と解除をするうちに慣れてきた。
「どう、アーカロイドでの学校は?」
「特に問題はないです。むしろ、ずるいんじゃないかってくらい便利すぎます」
「旭川ヒナさんとは?」
「……まだ、進展はないです。すみません、交流がヘタで。本人を目の前にすると色々気になってしまって」
「まあ、焦ることはないさ。変に近づくと人って警戒しちゃうから。余計に関わりづらくなってしまうこともある」
「また、頑張ってみます。あ、ご飯食べたらまた戻ります」
私は三輪さんにそれだけ言い残すと、用意していたお弁当を食べる。場所をお借りするのは申し訳ないが、
私はアーカロイドのことを親に話していないので自宅からアーカロイドで通うことはできない。自宅から通うためにはアーカロイドを専用の保管機器も家に設置しなければならないため、運良く家族にバレずに学校に行けたとしてもいつか知られてしまう可能性が高い。
三輪さんもそのことは承知してくれているが、やはり申し訳ない。しっかりと情報収集をして、私のやるべきことをして貢献をしなければならない。
とはいっても、アーカロイドを使って生活するだけだが。
ご飯を食べ終わると、支度をし再び接続する。
何食わぬ顔でトイレから教室にもどり、次の英語の授業の準備をするため、教科書を取り出していると、誰かに声をかけられた。
「次の授業なんだっけ?」
声がした方向を見るとそこには椎名がいた。
「次は英語だよ。宿題はやった?」
英語の教科書をヒラヒラしながら答える。
「……あ、やってないや。加野さんは?」
「私はやってあります」
少しドヤ顔をしてみた。でもいつも宿題は必ずやっているようなイメージが有る椎名さんが宿題を忘れるなんて珍しい。
宿題をやるのに
昔は宿題を最後にやるタイプだった。特に夏休みは最終日の一週間前に焦ってやっていた。その時は意外となんとかなるもののテストをやってみると全然記憶に定着してなくて、平均点前後しか取れない。
お母さんは学校でいつテストがあるのか、なぜか把握しており、テストの結果を隠そうものなら……もうそれは大変なことになるのでそれならちゃんとやろうと思うようになった。良い点を取って喜んでくれたほうが私としても嬉しい。
「そうかい……。じゃあ、長谷川に見せてもらおうかな」
「ゆかりもやってなくて今一生懸命やってるから、終わったら椎名にも見せてあげるよ」
「おお、さんきゅー。そういえばさ……」
話しながら教室に戻ろうとしたときに、私は友人と歩いているヒナを見かけた。
楽しそうに話しているヒナの顔をつい、私は追ってしまった。日頃からどう関わろうか気にしているからこそ、
無意識にしてしまう行動だ。ヒナが目の前を通ったとき、緊張が走った。
(気づかれませんように、気づかれませんように)
関わるきっかけを作りたいが、今ではない。ヒナの友達がいる中で、今話してしまうときっと上手には話せないだろう。
不自然に目線を下げ、さらに動揺して動きを止めてしまったのが良くなかった。
「……野さん。加野さん?」
椎名の問いかけに気づくことができなかった。
「えっ!?あ、ごめん。何でもないよ。ちょっと考え事してただけだから」
それでもなんとかごまかしてみるも、椎名は追求してくる。
「――でも、今の様子はそうは見えなかったけど?どちらかというと気になる人を目の前にしたような反応だったかな」
しまった。椎名は変に勘が鋭いんだから。とある理由で関わりたいという私の本当の気持ちには気づいていないだろうけど、近づこうとしていることに気づかれてしまったかもしれない。
「ううん、本当にそういうのじゃないから。本当に、違うから」
「その否定の仕方がなぁ……。でも分からなくはないよ。旭川さん、この学校に転入してから噂になってたから、女子からも男子からも密かに人気だからね」
「もー椎名、違うって。確かにあのテニスの試合は私も見てたからすごいと思ったけど……」
「――近づきたくないの?俺、旭川さんと同じクラスに友達いるよ」
「近づきたくない、って言うと嘘になる……けど。あー。ワ、ワタシダッテ、ナカヨクナリタイナァ」
「なんで最後棒読みなんだ……。まぁ、了解。とりあえず任せておけって。楽しみにしてろよな」
このままではいけない、というのも分かっていた。自分からアクションを起こさないと何も変わらない。
だが今の私は力不足で、一人では何もできないのも事実だ。
不安しかないが、チャンスと捉え、ここは彼の助け舟に乗ろう。
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