第21話 光と影

「はーい、みなさん集合してください!」


 物理の先生である新井先生の集合の合図に従い、ぞろぞろと生徒たちは周辺に集まった。



 私たちは物理の授業でレンズの性質について学ぶため外に来ていた。凸レンズについては中学で理科の範囲で習う内容なのになぜか?

 ……授業中の説明の際、意外にも忘れている生徒が多いことに嫌気をさした先生が、これから習う高校物理の内容は難しいので一旦復習しましょう、ということで私たちを無理やり外に連れ出したからだ。

 先生は改めて説明を始めた。


 「さて、教室での様子を見て、復習を兼ねた外での実験を行うことにしました。そういうわけで、今日は虫眼鏡を使った燃焼の実験を行いましょう」


 と新井先生は話し始めた。


「今日は事前に教室でも話したけど、これは皆さんに思い出してもらうためのものですからね!どのような原理か考えながら実験してください。もし、分からないことがあったら先生に声かけてね。では火事に気を付けて各自実験してみましょう!あと……高校生だからそんなことしないと思うけど、絶対に太陽は覗いちゃだめですよ?」

 

 先生の指示を聞き終えると、私たちは校庭に簡易机を出して実験の準備をする。私、ゆかり、そして後ろの席の宇崎君、中村君の4人で班を作った。宇崎君、中村君は先生から虫眼鏡や、燃焼用の紙などが入った段ボールを受けとり、机の上に並べた。


 「久しぶりに虫眼鏡……持ったなぁ」


 ゆかりは物珍しそうに虫眼鏡を手にしていた。


 「そうだね、私も小学生の時に虫を観察したのが最後かな」


 私も虫眼鏡を持つと、顔を近づけレンズの厚さを観察した。

 

「こうやって火を起こせるんだっけ?昔やったなよな」


 中村君も虫眼鏡を前後に動かしながら集光の真似をする。まだ、ぼんやりとしか光が集まっていないから大丈夫だけど、実際には周りに燃え移るものが無いところでやらないとね。

 簡易机の上に実験スペースを作りながら、私も中学生の時の記憶を思い出した。


「そうなんだよね、初めて使ったときは私もびっくりしたな。光を当てていると煙がでたもん」


 すると太陽に虫メガネを向けて覗こうとする宇崎君の姿があった。


「ふーん、こうやるのがダメなんだっけ?でも一瞬なら……」


 私はとっさに、太陽を覗こうとする宇崎君の腕を強く握ってしまった。


「だめ!虫眼鏡で太陽を覗いちゃだめだって!」


 突然の私の行動に驚いたゆかり。だが状況を理解し、


「そうだよ、虫眼鏡で太陽に光を直接見ると失明しちゃうよ!」


 とゆかりも宇崎君に注意してくれる。


 「なんだよ……冗談に決まっているだろ。だけどごめん、調子乗った」


 ここまで強く言われると思っていなかったのか、不満げな様子だが、宇崎君は一応の反省の色をみせた。ただ、宇崎君がやろうとしたことも分からなくはない。

 小さい頃――光を集めて燃やすことができることを知る前、私も宇崎君と同じように虫眼鏡で太陽を見ようとしたことがある。ダメと言われても、なぜダメなのか実際にやってみて知りたかったのだ。

 光で燃やせることを知っている今、どうなるか恐ろしくて想像したくないが。でも私のせいで、空気がどんよりしちゃったな。


 「まぁまぁ、楽しくやろうぜ」


 宇崎君の肩をぽんっと叩きつつ、中村君が空気を和らげるように言ってくれた。それに励まされ、私たちは再び実験に取り組んだ。教室での先生の説明を思い出しながら、まずは太陽の方向に虫眼鏡を向け、紙に光が集まるように調整した。最初は上手くいかなくて、レンズを前後に動かしながら焦点を探った。これがいわゆる焦点距離っていうやつだろう。ぼやけていた光環を収束させ、うまく点にすると、しばらくして煙を出しながら紙が少しずつ黒く焦げていく。


 「おお、できた!」

 

 ゆかりもできたらしく歓声をあげた。宇崎君と中村君も「すげぇ」とか「これだよこれ!」と盛り上がっていた。

 こういうのをやると童心に戻るよなぁとその様子を私たちは微笑ましく見守る。


 他にも成功している班が出始めていると、新井先生は生徒たちのところを回り、実験の進行状況を確認する。先生は回りながら時折アドバイスをしてくれたり、忘れていた部分を教えてくれる。

 高校生になると屋内の科学実験がメインとなってくると思うけど、こういう外での実験も楽しいな。

 

「よし、これで基本的なことは思い出してもらえたでしょう。次回からは、本格的に高校物理の内容に入っていきますね。今日の実験も勉強になったと思うから、しっかりと覚えておいてください」


 そろそろチャイムが鳴る頃合いになり、実験を終え片づけをしていると、どこからか聞こえてくる話し声に耳を傾けた。


「おい、高梨。その虫眼鏡どうするんだよ」


「……ちょっと借りるぜ。この実験、意外と面白かったからあとでもう1回やってみる」


 話していたのは3班の小暮君と高梨君だ。高梨君は結構はまっちゃったみたいだ。


「詩絵、行くよ!」


 「あ、今行く!」


 ゆかりに呼ばれ、私は後を追いかけていった。


 教室に戻ると、外に持って行った、筆記用具やノートを机の中にしまう。ノートまとめておかないとな……と思うも、今は疲れていてやる気でない。次の授業の準備をしながら、ふと気になってスマホを確認すると三輪さんからメッセージが入っていた。


 『アーカロイドのメンテナンスが終わりました。また連絡ください』


 おお、やっとか。とはいってもアーカロイドは機械操作が苦手な三輪さんの代わりに接続しているだけで、私の物というわけではない。

アーカロイドのデータ収集が終わったら、元の所有者である博士――旭川博士の元へ返さなければならないのだろうか。いつかはその時が来る、と考えると少し残念だ。

 アーカロイドの技術がこの世の中にどう影響を及ぼすのか、また期待される使用用途など、扱われ方はまだ分からない。ポテンシャルは未知数なのだ。

 私が操作している限りでは多くの分野での活用の仕方が想像できるが、アーカロイドがフルダイブ・ブレインマシンである以上、接続情報などのプライバシーの問題などもあるのだろう。

 だが悪用されてしまえば、犯罪にも利用できてしまう。高度な技術は法律や倫理観も変える。それが良い方向に動くこともあれば、悪い方向に動いてしまうこともある。高度な技術は世の中を変える力があるのだ。

 もしかしたらこの新技術は現在の日本に――現在の技術水準ではまだ存在してはいけないものなのかもしれない。

 それでも私はこの目で見たい。アーカロイドの可能性を。

 

 

 

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