記号に埋もれた世界

 結局今日も、教室で誰もいなくなるまで二人で席に座っていた。

 放課後大体四十分もすれば、皆教室から出ていった。

 部活やらバイトやら、やっぱり高校生は皆、忙しいんだよな。


「それで、何なんですかカノンさん」

「単刀直入に言うんだけどね」

「なんだよ」

「妹が重度のオタクなんだよね」

「……え?」

「妹が重度のオタクなんだよね」

「いや、え?」

「妹がじゅ」「聞こえてっから! それはもう聞こえてるから!」


「聞こえてたんだね。あんまり何度も言わせないでほしいね……。こっちも恥ずかしいんだし」

「何度も言わなくていいだろwそれよりも、それを俺に知らせて何が言いたいんだよ?」


「うん。……私はさ、あんまりそういうアニメとか漫画には興味がないんだよ。だから、オタクになってしまった妹の事は、あまりよくわかってあげられないっていうか」


「……」


「わかってあげられないんだけど、木下くんは、わかってあげられそうだから」

「何が言いたいんだよ」

「妹と話してみないかな?」

「嫌だな」

「ははっ! 早いな、決断w」


 俺の即答に、カノンは爽やかに笑った。

 ハンサム系イケメンみたいな奴だな。


「話して何の得があるんだよ」

「召喚少女に関する知識がたぶん増えるよ」

「いや、俺はそこまで知識欲ないからな?あと増えるにしてもたぶんなのかよ」

「あ、もしくはこういうのは? ブロンドヘアの年下娘と仲良くなれるチャンス!」

「妹を記号で売るな、記号で」

「はははっ! もしかして、木下くんも私と同じだったのかな?」

「同じって?」


 何が同じなんだろうか。

 俺の問いに、カノンは少し何か考え込んでいたが、軽く息を吸って次のセリフを吐いた。


「アニメや漫画が嫌いって事だよ」

「カノン、そういうの嫌いだったのか」

「嫌い。というか、さっき木下くんが言ってた記号的なもののせいで、全然感情移入できなくなっちゃったって感じかな」


「感情移入できないのか」

「そうなんだよ。私、実は日本生まれ、日本育ちなんだよね」

「あ、そうなのか?」


 これは意外だった。

 その見た目でガッツリ日本人と言われても、全くピンとこない。

 髪も金髪だし、顔の彫りも深くて鼻も高い。


 全体的に線が細い顔立ち。

 それで生粋の日本人と言われたってな。


「やっぱり生まれはせめて海外とか思った? 幼少期少しくらい海外生活だったとか」

「多少な」

「やっぱりそう思うんだよね、皆。でも実際は日本以外へ行った事なんてないんだよ」

「へぇ。で、それが、アニメとかに感情移入できない話とどう繋がるんだよ?」


「あ、そうだったね。話が脱線しちゃったな~。つまりね、小さい頃から観てきたんだよ、日本のアニメも漫画もゲームも」


「……」


「それで、十一歳の頃だったかな。その時ちょうど読んでいた漫画に、金髪のヒロインが出てきたんだよね」

「まぁ、最近だと別に珍しくもないし、昔からそういうヒロインはいたと思うが」


 むしろ最近は当たり前になってるくらいだな。

 金髪以外にも、日本人設定だけど髪の色が緑とか赤とか。


「そう。それで、その漫画には、他にも青い髪とか赤い髪とか、緑とか灰色とか、登場する女の子みーんな髪の色違うんだよ」

「ああ、ヒロインが複数いたりするのはそんなのもあるよな、きっと」


 カノンの話にだんだんと熱が入ってきた。


「そんなのを見ているとさー、この子達って、結局は人間じゃなくて、「記号」でしかないんだろうなーって思えてくるわけ」


 確かにそれはわかる気がする。

 俺が最近、なんでも二番煎じに感じてしまうのは、前にどこかで見た覚えのある記号ばかりが使われているからなのかもしれない。


 記号とはつまり要素の事で、コンテンツを構成している細胞のようなものだ。


「記号にしか見えなくなってくると、感情移入なんてできなくなってくるんだよ」

「わからなくもないけど、それは髪の毛のカラバリがはっきりするよりも、ずっと前からあった事だろ?」


「そうだよ? でもそれまでは、物語の世界があくまで自然な形でそこに存在していて、人為的な記号なんて見当たらなかったんだよ。至近距離でしか見ていなかったから気付かなかった。たぶんそういう事。でも、ある時から山のような情報を流し込まれたせいで、その世界は記号だらけになってしまったんだよ」


「ああ。それで、外側から見る事ができるようになって気付かされたって言いたいのか」

「……うん」


 カノンの言う「ある時から」というのは、きっとカノンが十一歳の時に読んでいた漫画の事なのだろう。漫画は基本白黒描写だが、表紙ではキャラクターに色がつくしな。


 髪の毛のカラバリも、きっとそこで見たんだろうなと思った。


「だからアニメも漫画もゲームも、記号臭いものは嫌いなんだよ」

「それで、妹の事をわかってあげられないお姉ちゃんはどうしたいんだよ」

「ふふっ、お姉ちゃんw」


 どうしたいんだよ本当。


「妹はゲーマーでアニメオタクなんだよ。だから木下くんとも話が合うだろうなと」

「却下だな」

「え、なんで?」

「まず俺は現行でゲーマーでもアニオタでもないからな」


 とんでもない勘違い野郎だ。


「でも召喚少女の話で盛り上がってたみたいじゃん」

「それは田辺が……いや、別に盛り上がってなんかない。むしろ盛り下がりだった」

「召喚少女の話してるならそれで十分だよ。盛り下がってても」

「大して詳しくないから、話しにいった所で役に立たないぞ俺」


「それはやってみないとわからない事でしょ。というか、同人誌の話もしてたらしいじゃん」

「え……え?」


 おいちょっと待ってくれ。


「妹が言ってたよ? 同人誌の話で興奮してるみたいだったって」


 やばそうだぞ、なんか。


「この世の楽園? とか言って騒いで」


 やばいやばい。


「そういう下心満載な男子じゃなかったの? 木下くんは」

「それ全部田辺だよ! 俺じゃねーよ!」

「え~、そんな怒らなくてもいいでしょw思春期男子なんて皆エッチな事考えてるんじゃないのw」

「はぁ……」


 俺は溜め息を吐きながら首を横にふった。


「そんな男子ばっかりじゃないからな。先入観強すぎるわ、カノン」

「そうなのかな?」

「それに思春期男子って、カノンこそ記号で片づけてるからな」

「あ、ほんとだね。参ったな」

「ぷっ」

「あっはははは」


 それから俺とカノンは笑っていた。

 こいつの悩みはどうやら妹を更生させたいって事なんだろうか。

 それはまだはっきりとはしていなかった。


 見た目がこれだけ特徴的だと、それこそ先入観を強く持たれるんだろうなとは思った。


 実際、俺も話してみるまでと話してみた後とじゃ、全然印象が違った。



 外見から受ける印象って、よほど強力なんだろうなと感じていた。

 俺も外見磨こ。

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