第21話 私がいることも
『
静けさの中に響く靴音と、ギチギチという耳障りな異音。
それから、自分の荒くなった息遣い。
相対するのは巨大クワガタとでも言うべき『
黒光りするフォルムは別の何かを彷彿とさせるものの、頭の先で開閉するギザギザとした鋏がその想像を否定する。
『魔法少女』として戦うのは二度目。
あの時と違うのはクーがいないことだけ。
戦い始めてからおよそ十分ほど経っているのは、俺が『
後ろには紗季が控えているし、結界内に残っている一般人もいない。
だから『魔法』を使わず向上した身体能力だけで戦っているが、やっぱり俺の『魔法少女』としての性能は高いらしい。
走れば景色がすぐ後ろへ流れていくし、ちょっとジャンプすれば一階分くらいの高さまで飛べる。
加えて膂力や動体視力なんかも強化されているので巨大クワガタ……Dランク『
なんだか人間をやめてしまった感じがするけど、これが『魔法少女』。
「……でも、そろそろいいかな」
細身の銀剣を水平に構え、僅かに姿勢を低くし、正面にクワガタの身体を合わせる。
そして、あのときの感覚を思い出し、力を引き出す。
『切断』の『魔法』に切れないものはない――そう、強く思い込む。
紗季から一通り『魔法』についての話を聞いたが、どうやら自分の認識が『魔法』の効果に大きく関わってくるらしい。
物理法則や質量保存の法則があろうとも、『魔法』なら使用者の想像次第で超えられる。
自らに備わった『切断』の『魔法』を剣に纏わせ、
「これ、で――ッ!」
鋭く息を吐き、勢いよく踏み込んで飛び出し、横一閃に振り抜いた。
音はない。
『切断』の『魔法』は空気も、『
そのまま返す刃でさらに胴体を逆袈裟に切り裂き、最後に額に嵌められている赤黒い結晶――核を貫く。
切断面から漏れ出す濃い魔力の粒子は『
命の最後の輝きを零し、痙攣しながらも自らを切った敵である俺を睨んでいたが、ついに生命力の限界が訪れた。
残骸が地面へと転がり、それらは核を失ったことで形を保てず、淡い光を放つ魔力の粒へと分解されて空気へ溶けていく。
その光景はとても綺麗で、つい目で追っていると、
「紬、お疲れ様です。実戦はどうでしたか?」
「……なんとかやっていけるとは思うよ。幸いなことに、俺の『魔法』は相当強いらしいし」
「そうですね。Bランク程度までなら今でも倒せるくらいでしょう。ですが、そうではありません。メンタル的な話です」
静かな口調。
紗季も隣に並び、魔力の粒子が空へと還っていくのを見上げていた。
「形はどうあれ、私たちがしているのは戦い……いえ、殺し合いです。文字通り命を懸けた死闘。勝てば殺し、負ければ殺される。単純ですが、だからといってこの恐怖を完全に割り切れる人がどれだけいるでしょうか」
「……そうだね。俺だって死にたくはないよ。でも、戦う力があるのに見てるだけってのも性に合わないんだ」
「決断は紬の自由です。ですが、適切な恐れを忘れないでください」
それについては同感だった。
『
麻痺と言い換えてもいい。
それは油断や慢心を招き、結果として命を落とすことに繋がる。
都合のいい言葉に惑わされそうになるが、『魔法少女』は一種の人間兵器と呼んで差し支えない。
人間の力だけでは抗いようのない『
紗季の言葉を噛み締めていると、
「――そして、私がいることも」
さらに一言続けて、左手の甲を俺の右手に触れさせてくる。
ちょっと触れ合うだけなのに、より紗季の存在を近いものとして感じ、ちらりと横目で様子を窺った。
紗季も丁度こっちを向いていたらしく、夜を溶かしたような黒瞳と視線が交わる。
「既に『魔法少女』としての強さは紬の方が上なのかもしれませんが、それでも、私は紬の監視役です。紬がいなくなったら、私はとても悲しく思います」
「……そっか。俺も同じだよ」
「わかっているならいいです。『
「…………もう疲れたからさぼっちゃダメ?」
「ダメです。いくら政府側からの支援があるとはいえ、知識を身につけておくに越したことはありませんから」
『
周囲から聞こえる声と拍手へぎこちない笑顔を返し、足早に授業へ戻るのだった。
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