見つけられていた
社務所の前のテントに長机が置かれてそこが甘酒とおいなりさんの販売所になっている。
足早に向かう端万子の目に、ちかりと光るものが映った。
瞳の端に焼き付いたそれは、宝飾品よりも端万子を引き留める力を持っていた。
「これ、アンティークですか」
端万子は腰をかがめて、年季の入ったキリムの上に置かれた蓋を開けた天鵞絨張のトランクの中にずらりと並べられた、指先ほどの銀色のプリンカップのようなものや、革や金属性の指輪のようなものを指してきいた。
「いろいろですな」
答えた店主は、麻ひもでぺったりとした長髪を結わえていて、それに不似合いなこじゃれたツイートの鳥打帽をかぶっている。無精ひげに鼻眼鏡、年齢不詳の容姿ながら、ひげと眼鏡をとったら整った顔立ちをしているように見えた。
「いろいろ、ですか」
「そうですな」
端万子は自分の裁縫箱に入っている裁縫道具の
時を経て指に馴染んで人肌のようにしっくりくる皮革のリング、鈍く光沢を放つ使い込んだ金属製のキャップ型のシンブル。
それらは実用に適したシンプルな形で、道具としてきっちり役立っている美しさ。
一方、目の前にあるのは、インテリアやチャームアクセサリーに使いたくなる装飾的なものだった。
そういえば、いつもなら縫いものをする時は自然にはめているのに、先だってははめ忘れて指先を傷つけてしまった。
「その函入りの指貫、細工が美しいですね」
店主は光沢のある薄手の手袋をはめると、一つだけ凝ったつくりの小函を手のひらにのせた。
ビクトリア調を思わせるデコラティブなデコパージュに覆われた小函は、上面に窓が作られていてガラス張りになっている。窓から覗いているのはすんなりとした白い陶製の指貫、シンブルだった。
「美しい道具を目にしながら、美しいものを作る、美しく繕い直す、心地よい時間」
端万子はつぶやき、自分がそのシンブルを使い自在に手仕事を楽しむ姿を思い描き微笑した。
端万子がシンブルに目を留め微笑んでいるの見て、店主はおもむろに小さな把手をつまむとガラスの張られた扉を開けた。
「お手にとってご覧ください」
店主に勧められるまま端万子は手に取った。
「どうぞ、指にはめてみてください」
店主に言われるまでもなく端万子は指にはめようとしていた。
シンブルは端万子の左手の中指にすっぽりとはまった。
白い陶器の肌に繊細な筆致のスノードロップが可憐さを添えている。
「記念にいかがですか」
「記念?」
出し抜けに店主に声をかけられて、端万子は思わず手を振ってしまいその拍子に指貫が抜けてトランクの中に転がった。
かちん、と音が響いた。
「すみません、傷、つかなかったですか」
端万子が慌てると、店主は落っこちたもの目を細めて検分した。
その間、1分もなかっただろう。
けれど、端万子は申しわけなさと、心の内を見透かされたような気のあせりで、手のひらが汗ばんでいた。
「大丈夫ですな。まあ、もとよりこれは売りものじゃないんで、お気になさらずに」
店主は鳥打帽のつばをきゅっと摘まんでかぶりなおした。
「あの、でも、申しわけないんで、買わせてください」
「売りものじゃないんで」
「今は傷が見えなくても、後になって弱っている部分が欠けてくるかもしれません」
「そうしたら金継ぎするんで」
「金継ぎもされるんですか」
「まあ、価値が変わらんように、ほどほどに」
「器用なんですね」
「仕事柄です」
「そうですか、運んだり、動かしたりに注意が必要なものばかりですものね。修理もお手のものでしょうね」
「まあそんなところです」
会話をしながら端万子は、スノードロップの模様のシンブルが欲しくてたまらなくなっていった。
指にはめた時に陶器の地肌がじんわりと温まっていくのを感じて、他の素材にはない心地良さがあったのだ。
「あの、言い値でけっこうです、それが欲しいんです」
「売りものでないんで」
「でも、欲しいんです」
「売りものでないんで」
「欲しいんです」
「勘弁してください、売りものでないんですよ」
端万子は譲ってくれるよう声をかけ、店主はそれはできないと同じ言葉を繰り返す。
しばし押し問答が続いた。
端万子は、自分が何をしに社務所の近くまで来たのか、すっかり忘れていた。
「でしたら、こちらをお持ちください。2個で1個分のお値段でよろしいですよ」
店主は根負けしたふりをしながら、不愛想な様子とはうらはらになめらかな口調で品物を勧めてきた。
「こちらはさほど古いものではありませんが、裏に文言が彫られてましてな、贈りものだったのがわかるのですな」
端万子がリング型の指貫の裏を見ると「for you」と細い線が見えた。
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