第733話 クロスステッチの魔女、異文化を知る
《ドール》の皆に服や装身具を一着ずつ買ってあげて、早速買ったばかりのそれらを身につけてもらう。楽しい気分で歩いていると、変わった屋台を見つけた。いい匂いが漂っている。時折服や靴の店に混ざって出店している、飲み物や食べ物の店のひとつらしい。それが私の目と鼻を惹いたのは、まったく嗅いだことのない不思議な匂いをさせていたからだった。
「何かしら、あれ」
「白いパン生地みたいなものを炙ってますね」
「いいにおーい!」
その屋台に近寄り、「何を焼いてるんですか?」と聞いてみると、袖がやけに長い服を着た魔女が顔を上げた。赤い生地に金や銀や、様々な色の糸で沢山の花を刺繍した服を着ている。私の髪より濃い黒髪に、花を模した揺れる髪飾りを刺していた。その服装で、東の方から来た魔女だとわかる。
「食べ物のお店として許可されて、せっかくだから、故郷の食べ物を持ってきてみたの。モチって言うのよ。あなた、甘いのは好き?」
「好きです」
そう言うと、彼女は炙ったモチを軽く水にくぐらせてから、黄色の粉をまぶした。少し黒い粒の混ざったそれも、また知らない匂いをさせている。ひとくちか二口で食べられそうな大きさのそれを、棒に刺して差し出された。銅貨を払って受け取り、口を開けたところで「そうそう」と彼女が何気なく言う。
「西のパンと違って中身がすごく詰まってるようなものだから、最初は小さめに一口齧るといいわよ。それに弾力もあるから、よく噛んで食べて頂戴」
言われた通りにしてみると、なるほど、警告されるだけの硬いと云うか、素直に噛みきれない感覚があった。乾物を食べる時のように、よく噛んでみる。甘い。黄色い粉には塩と砂糖が混ぜてあるようで、甘いとしょっぱいが一度に押し寄せてきた。モチがうまく中和してくれている……パンみたいなものだけど、これ単体だと多分しんどそう。最初から味をつけて売るのは、当然の戦略のようだ。
「これ、おいしい!」
「えー、いいなアワユキも食べたい!」
「もうひとつ買ってあげるから、みんなで分けるのよ。多分それで十分だから」
しょっぱい味付けもあるようだけれど、甘い方をもうひとつ買う。モチを焼きながら、魔女は軽く話をしてくれた。
いわく、故郷の地域で祝い事の時に食べる、こちらで言うところの白パンのようなものだとか。パンと違って保存が効くというか、保存しても味が悪くならない。しかし混ぜ物がないモチはそのままだと味がなくて食べづらいので、こうして豆の粉や汁で味をつけているらしい。豆がこんなにおいしくなるとは思わなかった。
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