第712話 クロスステッチの魔女、儀式の日を待つ

 想定していた通りに家を守ってくれた魔法を壁に掛けつつ、私は自分の指の色を抜くために半月の夜を待っていた。その間も、細々と他の魔法は作り続ける。これは、半分は実験だった。


「やっぱりこの指が染まってから、魔法が前より強めにかかる気がするのよねぇ」


 そこまで魔力を込めていないのに、箒が急に飛び出したり。砂糖菓子が沢山できたり、パンが普段より大きな塊になったり。火をつける魔法も普段より大きな火がついて、暖炉に用意していた細めの枝が一瞬で燃え尽きた。普段の火なら、普通に枝に火がついて終わるはずだったのに。新しく指が銀色になってから作る魔法はだけでなく、元々使っていた魔法も強くなっていた。


「一応暖炉で試すことにして、よかったですねキーラさま……」


「家に火がついちゃったら、大変なことになるところだったわ……」


「その指、きらきらで魔法が多いねえ」


「でも、マスターの人差し指、やっぱり前より動きが鈍ってます」


「色は抜いた方がいいんではなくて?」


 みんなに色々言われたし、確かに前より、人差し指だけ厚手の手袋で覆っているような感じがしているのは実は事実だった。段々となので、ある時にふと気づく、といった感じだったけれど。利き手の指だから、使えないのは大問題だ。やっぱり、色は抜こうと決める。


「それはそれとして、この指、便利だからいざという時は使うことにしようっと」


「気をつけてくださいね……?」


 ルイスには心配されたけれど、銀月の実の搾り汁は使い残しを瓶に溜めてある。私の《庭》にはない木だから、そのうち種をなんとか手に入れて植えたいな。


「手を全部浸したら、魔法はどれくらい強くなるかしら」


「あるじさまは、アルミラ様や他の魔女がそれをされていない理由を考えた方がいいかもしれませんわね」


 キャロルにばっさり言われたので、銀の指で遊ぶのはここまでにしておくことにした。やろうと思えばまたやれるわけだから、今回はおとなしく色を抜くことにする。浸して色を抜いた後の水は、これもほんのりと銀色をしていて魔力があるから、《庭》に使うのがいいらしい。


「銀月の種を、依頼して取りに行ってもらって……いえ、それやるといつになるかわからないわね。指を直したら、自分で行ってみようかしら」


 そういえば、このエレンベルク国外で『何か』があるらしいと聞いて、備えようとしてこんなことにはなったのだけれど。結局、それがいつかわからないからと気楽に構えてしまうのは、私もまだ人間と大差ないようだった。

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