第617話 クロスステッチの魔女、ごちそうを食べる
私達は古道具の説明を受けた後は、お茶をもう一杯いただいたところで家に帰ることにした。あんまり長居しても悪いし、自分達で年越しを過ごす準備はほとんど終わっている。お夕飯をご馳走に、なんて言われそうになる前に帰ることにしたのだ。
「いいものをいただけてよかったですね、マスター」
「そうね。さ、もう少しお掃除をしたら私達もとっておきのパイとか出すわよ!」
一人と三体がかりであと少し、倉庫部屋を綺麗にしておきたかったので掃除をする。終わる頃にはとっぷりと日が落ちていて、いい頃合いだった。
パイとシチューを温めて、タルトも用意する。それから、こっそりと用意していた三人への贈り物ももちろん一緒だ。ちまちまと隙を見て用意したから、喜んでくれると嬉しいな、なんて思う。三人は三人で何かをこそこそしていたようだから、この時期は特にお互い様だ。
「それじゃあ、食べましょうか!」
「「「わーい!」」」
軽く手を組んで、いつも頭の中で思っていたのよりしっかり感謝を込めたお祈りをする。といっても、冷めてしまってはいけないから短くだ。年越しくらいはいいだろう。それからさっそく食べてみると、サクサクによく焼けた生地と贅沢にお塩の効いた中身がおいしかった。
ちゃんとした料理人ではない私は、目についた物を入れてパイを焼くので、中身が同じになることはない。今回のはおいしく焼けたと思っても、悲しいことに何を入れて焼いたのかがもう正確に思い出せなかった。
「何入れて焼いたんだっけ、これ……」
「マスター、もしかして忘れちゃったんですか?」
「塩漬け肉とにんじん、じゃがいもは確実に入れたんだけど」
「アワユキ覚えてなーい」
「すみません、わたくしもあんまり……」
まずくなりそうなものは入れてないから、大丈夫だろうと思ったのだ。どうしてこの世に料理のレシピというものがあるのかわかった。見習い時代、暗記できなくて文字の必要性を悟った時の感覚に似ている。
「あと、香草もいくつか入れてましたよね。《魔女の箱庭》から摘んできたって」
「食べたら《庭》に行って、何をむしってたか見直してみることにする」
とてもよく焼けている。これを一切れ分けていたから、お師匠様にもお喜びいただけるだろう。おいしいからこそ、自分でもう一度作るのが極めて難しい事実が少し悲しかった。少々パイ生地をケチった結果、日持ちは少し悪くなるだろうがおいしくなった。
「来年、タルトで試したいことがあるんだよね」
「そうなんですか?」
「生地まで全部食べられるタルト」
まだ年は明けてないのに、目標を考えたりもしていた。
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