第575話 クロスステッチの魔女、風の精霊溜まりに到着する
宿で楽しい会話をしながら一晩を過ごして、翌朝、私は《クーリールの風の精霊溜まり》に向かうことにした。宿に着く時点で風がすごかったから、歩いていくことにする。
「キャロルはまた、ポケットの中ね。アワユキとルイスも、私がリボンでくくりつけていくわ。アワユキ、あんまり吹っ飛ばされるようならカバンに入ってもらうからね」
「飛びたい~」
「どこか飛んで行ってはぐれちゃ嫌でしょ」
「うんー」
そんな会話をしながら宿を出て、私はもう
「よーし、頑張って向かうわよ!」
「「「おー」」」
向かい風に顔を叩かれ、あるいは背を押す風に転ばされそうになりながら、必死に一歩一歩を進めていく。こんなに大変な思いで歩いていく道なんて、人間の頃の山道だってなかった気がした。水汲みとかで重い物を持って歩いた時とはまた違って、単純に周囲の環境が私を上手に歩かせてくれなかった。アワユキは何度か飛びかけたので、不満を言っているのを聞きながらカバンの中に入れて、顔だけ出せるようにする。
「ほら、これでいい?」
「まーいいかな、許してあげる!」
何故か上から出そう言われたけれど、まあ、アワユキはそういう子なのでいいことにする。アワユキだし。小高い丘を登ったところに《クーリールの風の精霊溜まり》はあるようで、山登りをさせられなくてよかったと心底安堵した。故郷のような山道をこれだけの風の中で歩かされてしまっていたとしたら、飛べる私はともかく、人間が何人か山道を転がり落ちて怪我をしたり、最悪死んだりしてしまっていただろう。あの山ではたまに、運の悪い家畜が落ちたり、怪我人がいたのは事実だし。
「丘を半分登ったところだから、あと半分ね。段々道が過酷になる順番を選んじゃった気がしてきてるけど……」
「風でこれ、水は霧、土はまだ普通でしたが……火の精霊のところは、どうなってるんですかね」
「……火傷しないといいけど」
そんなことを話しながら、どこか懐かしい気持ちで登り終える。丘の一番上に辿り着くと、気持ちのいい空が吹き抜けた。
「わぁ…!!」
《クーリールの風の精霊溜まり》では、様々な風の吹く音がずっとしている。楽器でも持ち込んだら、いい音がしそうだ。昔にどこかで聞いた、葦笛なんかがいいかもしれない。
『《クーリールの精霊溜まり》にようこそ、若い魔女!』
草の香りのする風の精霊が、そう声をかけてきたのはよく聞こえた。
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