第546話 クロスステッチの魔女、ゆっくり出かける
その日は、朝からよく晴れていた。保存食祭りを昼にやって、夕方には普段より念入りにおめかし。滅多に出してこない正装を身に纏い、何度も鏡で確認。お師匠様は急ぎの修理仕事が入ってしまったとのことなので、服がシワになりすぎないように、横座りで箒に乗ってもみた。今回はこの服装のまま、自分の力で組合に行かないといけない。
「早く出て、ゆっくり行こうと思うわ」
「それがいいと思います」
ルイス達にもいつもより上等な服を着せていて、今回はみんな黒でまとめてみた。アワユキだけは、白い体に黒いリボンだけど。みんな慣れないものを着ているからか、箒に乗る時の動きも心なしかギクシャクとしていた。二人とも、空を飛ぶ刺繍がこの服にも刺してあるから、落ちる心配をしなくていいのは幸いだったけれど。合格したとお師匠様から伝わったのか、グレイシアお姉様から届いた荷物がこれらの服とリボン一式だったのだ。私には羽織れるストールも入ってた。今度、お礼を言いにいかないと。もちろんストールも巻いて、ゆっくりと浮き上がった。
「早く着いたら、それはそれ。じゃあ、出発!」
かくて、箒に乗り始めた頃よりはかろうじてマシという速度で。私達は、魔女組合を目指して飛び始めた。よろめかないようにはなったけれど、やっぱり遅いから、景色がとてもゆっくりと流れている。
(最初は転ばないように、箒の上で体勢を崩さないまま浮けるまでが大変だったわね)
そんなことを思い返したりもする。四等級に受かった時は、この服を仕立てたりお作法を仕込まれたりでずっとドタバタしていて、組合への移動もお師匠様の《扉》で済ませてしまったから、こんな風にゆっくりと思い返して移動することはなかったっけ。今は自分の力で、空を飛んで向かっている。なんだかそれが、とても感慨深いように感じた。
「マスター、これでお名前を名乗れるんでしたっけ」
「そうよ。私はそこまで私の名前に思い入れとか、好きとかないんだけど……これで、私を前のクロスステッチの魔女と混ぜる人も減るでしょう。元々、名前を使うのはそのためだしね」
「他の刺繍も使えるようになったりしますの?」
「聞けば教えてくださるかもしれないけど、しばらくはいいかなあ。道具だってまた誂えないとだし、覚えることも増えるでしょう? それだったら、クロスステッチをもっとやりたいかな」
針の一本を例にとったって、私が使う刺繍針でお師匠様のリボン刺繍はもちろんできない。そんな話をしていると、組合に近づいてきたのがわかった。
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