第537話 クロスステッチの魔女、予想通り怒られる

「こンの、大馬鹿弟子!!!!」


 やっぱり怒られた。デコピンもされた。おでこが痛い。反射で飛び上がって額を抑える私に、お師匠様は大変にお怒りだった。


「普通はそんなことがあったら、真っ先にあたしに連絡するだろう! 異界で迂闊なことをするんじゃない!」


「ひゃい……」


 小さくなるしかなかった。新しく買った《魔女の箱庭》の箱と枝を抱えて突然尋ねた私を、お師匠様は最初は普通に迎えたくれたけれど、事情を話したらこれである。予想はできていたけれど!


「アワユキはその、あそこを《もうひとつの森》と言ってました。どういう場所か、お師匠様はご存知ですか?」


「教えてなかったかい……」


 やや怒り疲れたのか、お師匠様は椅子に座り込んだ。落ち着こうとするかのように、お茶を飲む。私が持ってきて机の上に置いた枝に、なんとも言えない顔でお師匠様は触れていた。


「《もうひとつの森》は精霊の故郷でね。様々な精霊達がこの森から生まれ、こちら側の世界へ渡ってくる。自然を整えたり魔女に力を貸して生きて、精霊として年老いたら《もうひとつの森》に帰るんだ」


「確かに、それらしい精霊も見かけました。この、石になってる方の枝をくれて」


 お師匠様は呆れたような顔をして、「よく無事だったねぇ」とため息をつく。一歩間違えたら帰れなくなるかもしれない、という直感は、やっぱり当たっていたらしい。


「で、この枝を折角だから植えたい、ってことなのかしら」


「そうです。可能なら、私の庭で。そのつもりで、箱も買ってきました」


 はあー、と大きくお師匠様はため息をつく。


「三等級になれば《庭》を買ってやろうと思っていたけれど……それはまあ、いいんだ。精霊樹を育てるのは難しいし、長い長い時間がかかるよ。魔女にとっても、短くはない。それでもらやる気かい?」


「はい……!」


 だって、せっかく私のところに巡り合った枝なのですから。私がそう言うと、お師匠様は「仕方のない子だねぇ」と笑った。


「それなら、役に立つかもしれないものを用意はしてやろう。ただ、あたしも精霊樹を育てたことはないから、どう使いこなすかは自分で探すんだよ。それと、これを育ててることは他の魔女に言ってはいけないよ。上級魔女でも望んで手に入れられるとは限らないほど、珍しいものだからね」


 なんか途中から、結晶樹と言わなくなった。どうやらそれとはまた、違うものらしい。


「庭を別で買ったのは正解だ。こいつひとつだけ植えてうまく育てられれば、《もうひとつの森》みたいなものが手に入るよ」


 なんだか話が大きくなってきた。

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