第495話 クロスステッチの魔女、読み書きの思い出を考える
「思えば、こうやってお話を書けるようになっただけでも、かなり進歩したわね……私」
休憩にお茶を飲みながら、自分の書いたものを眺めて私はそう呟いた。紅茶やお菓子でうっかり汚してしまわないよう、少し離れたところに置いている。
「主様、書くの苦手なのー? アワユキもー」
そういえば、ルイス達には紙を少し渡していた。キャロルにも渡しておこう、と私の使ってる切れ端と、小さな羽ペンをあげることにする。
「まあ、あるじさま。これは?」
「ルイスやアワユキにも、日記とか何かを書くのに使って〜って前に渡していたの。だから、キャロルにもあげないとね」
「ありがとうございます」
何を書こうかしら、と嬉しそうにしているキャロルの手に羽ペンの大きさが問題ないことを確認してから、私はルイスとアワユキにも切れ端を分けてあげる。何を書いているかは、私は知らなかった。三人には自分のものを入れるための小箱を渡していて、その中身については関知しないことにしている。《ドール》だって、秘密のひとつやふたつ持ってていいと思うから。
「主様、前は全然文字書かなかったのー?」
「魔女見習いになるまでは、読めるのも書けるのも自分の名前だけ。それ以外はぜーんぶ、お師匠様に教わったわ」
大体の魔女になるような女は、元々勉強をさせてくれているような良家の娘であることが多い。だからお師匠様も私へ読み書きを教えるにあたって、ああでもないこうでもないと苦労をされたようだった。自分の名前に使う以外の文字を教わり、一文字ずつ真似て書く。もちろんその間にも、見習いとして細々とした仕事が降ってくる。名前以外の単語や文章の書き方を終わり、簡単な文章が書けるようになったのは数年経った後だった。お師匠様の仕事の準備、後片付け、炊事洗濯掃除もやりながらだから、頑張った方だと思う。
「それまでは模様にしか見えなかった字が読めるようになってきて、何を書いてあるかさっぱりわからなかったものがわかってきた。あの感覚は、きっとずぅっと忘れないわ」
あの時読んだのは、今写している物語よりも短くて簡単なものに、絵を添えた薄い本だったけれど。それでも絵だけを見て語りを聞いていたのが、自分で読めた時の感動は鮮烈なものだった。
「今もまだ、そんなに得意ではないけれどね。嫌いではないのは、あの時の感動があるからよ」
「主様ー、じゃあアワユキにも教えて!」
いいわよ、と言って伸びをする。いい休憩になった。
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