第468話 クロスステッチの魔女、《もう一人のクロスステッチの魔女》のことを聞く
「その話、誰がしたの」
私にそう問い詰めるお師匠様の顔は、人形のように硬く冷たいものだった。首を横に振る。いつか聞く時はもう少し上手に聞こうと思っていたのに、そんなことは全くできなかった。お師匠様の心を傷つけそうなほど、真っ直ぐに聞くしか私は持っていなかった。
けど、今を逃せば、きっと誰も教えてくれない。私の名前の話なのに、だ。
「誰から聞いた、とかではないんです。ただ、時々、私を見て……誰かのことを思い浮かべたり、弟子が取れたんだと言ったり、そういう話を聞いて。私の前にもう一人、クロスステッチの魔女がいたのかな、と思いました。そのこと自体はおかしくないと思いますけど、でも、やっぱりそれだけではないと、思って」
得意とする手芸が変わることで、名乗りが変わることはあると、お師匠様は仰られた。特に最初は皆、アルミラの一門ではクロスステッチから始めて他の刺繍へと魔法を発展させていく。何故なら、布目に沿って決まった大きさのバツ印で魔法を描くこれが、一番簡単で間違いがないから。どんな複雑な刺繍が使える元姫君でも、基礎はこうして学ぶのだと。
私がまだ『クロスステッチの魔女』でいるのは、単に他の刺繍を試すお許しが出ていないからだ。
「マスター……」
「浮かない顔をするんじゃないよ、イース。見習いから四等級に上がって、あたし以外の魔女とも本格的に関わるようになったから……いつかは、聞かれることだったんだ」
自らの主を心配した様子のイースにそう言って、お師匠様はお茶を一気に煽って飲み干す。そして、私にぽつぽつと話をしてくれた。
「あんたの姉弟子としてグレイシアを紹介したけれどね、本当はその間にもう一人、弟子を取っていたんだ。それが、もう一人のクロスステッチの魔女だよ。百年か、もう少し前だったかな……向こうから頼み込んで弟子になりたいと言って来た娘だった。結婚は嫌だ、一人で自由に生きたい、何より魔女の魔法に魅入られたから、自分も魔女になりたい、って。それなりの貴族で、変わった願望に理解のある家族だったようだし、本当に全部捨てる気なのか何度も念押しした。それでも、と頷くし、先見の魔法の箱を先んじて使わせた。だけど、家族が死んで国が滅んでも魔法を磨きたいと言うから、弟子にした」
あんたとは全然違う娘だったよ、とお師匠様は懐かしむ。色の薄い金髪に、やっぱり色の薄い紫の目をしていたのだと。読み書きのうまい子で、元お姫様らしく家事はダメで、だけど魔法は好きで。
そんな話のどこに落とし穴があるかわからなくて、ただ話を聞くことしかできなかった。
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