17章 クロスステッチの魔女と魔女をやめた魔女

第347話 クロスステッチの魔女、おつかいを楽しむ

「北の方へは、魔女になってからまだあまり行ったことないの。どんな旅になるか、私もドキドキするなあ」


 そんな話をしながら、北に向かって吹く風に乗る。私の出身はここから北の方だけれど、お師匠様から聞いた場所は私の故郷へ飛ぶ途中にある村の名前だった。


「もしかしたらそこに住んでるかも、だなんて、ちょっと曖昧ですね」


「長く生きた魔女はそういう人も多いみたいだし、何より、今の私みたいにふらふら飛んでいってるかもしれないでしょう? 私もほら、自分の家にしばらく帰ってないし……」


 なんだかんだ言って、今年は自分の家で過ごした日の方が少なかった気がする。そんなことを少し思いながら、すれ違う渡り鳥に手を振った。彼らは南へ飛ぶのだ。


「魔女は一所に住むのが魔女も多いけれど、旅が好きな魔女もそこそこいるわよ。《ドール》達と便利な魔法のお道具があれば不便も少ないし、自分の魔法に使う材料を採るための旅に出ることも多いの。後は単に引っ越しとか、色々あるわ」


 今回も途中で採取する時のための、道具と容器一式は持ってきている。そして今回の旅は、もうひとつのちょっとした目標があった。腰に太い赤の編み紐で結え付けた、魔法で封をされた透明の筒。その中でも薬液に浸かりふわふわと漂っている《もう一人のルイス》にも、景色を見せてやりたかった。例えそれが単なる私の自己満足で、名前と体を得た彼が目醒めた際に覚えていないものだとしても。暗闇が怖いと言っていたルイスのもうひとつの心を、カバンにしまい込むことはできなかった。


「冬を楽しむように、なんて言いつけられちゃったし、ゆっくり行きましょうか」


 急いだところで、核として安定しただけの彼をすぐに体に収めることはできないのだ。お師匠様の魔法で青核サファイアに偽装もしてもらっているから、他の魔女に見られても問題はなかった。瓶そのものに《守護》と《浮遊》の魔法のリボンをかけてもらっているから、安心して私は瓶をカバンにしまわずに旅ができる。

 小さな家をつま先で蹴りながら、方角と終点は決まった旅を行く。その途中に何をするかは自分の裁量で決められて、急いでもゆっくり行っても良かった。何せ相手は、お師匠様の友達だという魔女だ。のんびりしすぎて数年経ったところで、お師匠様がそうあるように平然と迎えてくれることだってありえる――さすがに、そこまで呑気な旅をするつもりはないけれど。


「日が落ちる前には寝場所を探さないとだけど、またルイス達も手伝ってくれる?」


「「はーい!」」

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