14章 クロスステッチの魔女と年越し夜会
第275話 クロスステッチの魔女、礼装を仕立てに行かされる
「クロスステッチの魔女! クロスステッチの魔女、どうせ冬籠り中だろう?」
あの後、風の精霊が吹き飛ばした諸々のモノの掃除には三日かかった。なんとか冬の支度を終えて、初雪が来る前に籠り始めることができて、少し経った頃。
お師匠様が突然、家を訪ねて来た。風の精霊の一件をお説教されて、香辛料をいくつかお裾分けした時以来だ。お師匠様は片手に手紙を持っていて、ドアを魔法で勢いよく開けるのと同時に冷たい冬の風が吹き込んでくる。
「え、はい、そうです……今は刺繍の練習をしていました」
私はお師匠様に、普通の色糸と布で刺していた少し難しい魔法の刺繍を見せた。まだ半分もできていないのだけれど、少し見ただけで「ああ、《梟の目》の魔法だね」と呟いた。
「礼装一式、どうせ持ってないだろう。今一番正式な服を持っておいで」
「え、えと」
「早く!」
「ひゃいっ!」
よくわからないまま、一番正式で上等な服を持ってきた。少しいい真っ黒な生地の、膝よりも長いワンピースドレス。コルセットはない。それから黒い踵のある靴に、真っ黒い無地の三角帽子。あとは、手首までの黒い手袋。どれも風の精霊に一度飛ばされたけれど、ちゃんと綺麗にしたものだ。お師匠様は私の一式を見て「やっぱりか……」と呟いた。
「はい、これ。すぐ開けて」
渡された手紙は、上等な真っ白い羊皮紙だった。上品な金色の字で何か書かれているのは、筆記体で読みにくかったけれど……多分、『リボン刺繍の二等級魔女アルミラの弟子、クロスステッチの四等級魔女様へ』と書かれている。裏には赤い蝋に、見覚えしかない紋章が金色で刻み付けられていた。多分、これ自体も魔法だ。私の指が封蝋に触れると、はらりと封蝋が取れた感覚があった。
「えーっと……『ダイアライアの町、の……を、祝って……』お師匠様、すみません。達筆すぎて読めなくて……」
貸してごらん、と言われて、お師匠様に紙を見せる。中の紙も薄くてすべすべしていて、とても上等な紙なのだとわかった。
「はあ……今度から、筆記体の字を読む練習をしないといけないね。これは、あんたを年越しの夜会に招待するための案内状だよ。第一礼装で来るものだから、持ってるか確認したんだけど……今から、仕立てに行くよ」
「そんなものを仕立てるお金ないですお師匠様!」
魔女の第一礼装と来れば、つばの広い三角帽子に真っ黒い長ドレスとコルセット、ヒールの高い靴に手袋だ。顔以外の肌をほとんど出さないのが一番で、服か手袋を長くしなくてはならないと言われている。そんな布を沢山使う服を仕立てるお金なんてなくて、今持っている服しかなかったのだ。けど、お師匠様は有無を言わさず私の腕を掴んで《扉》をくぐらせてしまった。
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