第254話 クロスステッチの魔女、過去からのメッセージを受け取る

「これが……隠されていた魔法……?」


 精緻な芸術作品のように、蜘蛛糸で編まれたレースのように、立ち上る魔法を見上げた私から自然と感嘆の息が漏れた。


「半分くらいは、勝手に解けていった。おそらく、そこの坊やが何らかの条件を満たしていたんだろうよ。これらの魔法はその《条件》を定めるものと、それ以外には魔女にさえ存在を隠匿するための魔法達だと思う。もっとひとつひとつ解きほぐせば、新しい魔法が増えてあんたもお手柄だよ」


 それでも、私一人であれば解呪は諦めていただろう。魔法には根気が必要とよく言うが、すべてがそう簡単にはいかないのだ。魔法を解す時、間違えれば誤った魔法として発動することもあるのだから。


「見てくださいマスター、像に何か書かれています!」


「うわ、私にはさっぱりわからない文字……の、はず、なのに」


 多分、解した魔法の中に《翻訳》の魔法が混ざっていたのだろう。読めないと思っていた文字の、言いたいことを頭に伝えられる強烈な違和感があった。頭の中の知識と常識が弄り回される感覚。読めないとわかってる文字の大意を流し込まれるのは、あまり好きではない。私が、私ではなくなってしまうような心地になるからだ。


「《翻訳》で、意味が伝わってくる。これは……魔女ダイアライアからの、未来への言付けだ」


 流れ込んでくる意味は、このようなことを言っていた。


『魔法の力宿せし、魔女ならざる者よ

これは、警告である。これは、記録である。

我が名は魔女ダイアライア。この町は、悪意ある魔女の力によって汚染された。対抗のための魔法は捩れ、町を空高くに引き上げた。だから、私は民達にこの町を捨てさせた。奇矯な逸話の一つくらい、喜んで背負ってやろう。

しかしこの片付けを読むものよ、心せよ。悪意から魔法を作り上げ、美しさを愛でるのではなく壊して魔法と為す女に心せよ。彼女に歪められ、己の美を見失い、歪んだ魔法を振るう女達がいることを知れ。

そなたに魔法の力を授けし魔女が、そのような者ではないことを祈る。』


 少女の、少し高い声が頭に伝わってきていた。ダイアライアは常若の魔女。若くして魔力が完成したから、ずっと美しい乙女だったと伝えられている。こんなものに私が立ち会って良いのか、場違いでは無いか、その伝説の悪しき魔女とは、と思考が渦を巻いた。


『《裁縫鋏》の女を束ねる首魁、歴史と人々の裏側に潜む者。血と涙から魔法を織りなすべく暗躍する者。一番恐ろしい女の、そのあざなを記す。心せよ。彼女の字は、悲劇の魔女なり』


 読み終えたところで、一度解いた魔法が元に戻っていく。あれよあれよという間に、元通りのただの乙女像がそこに立つだけとなってしまった。

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