第232話 クロスステッチの魔女、夢の呼び声を聞く
ざわめく声が聞こえる。夢とうつつの間で、葉ずれの中に隠れた意味のある声を耳が拾いあげようとしている。
『…………』
『…………さま………』
『……、すけ……』
『………を、………』
夢に語り掛けてくる声。そういう声は特別な
声は、少しずつ鮮明になっていく。何かを言おうとしているのか、もう少し耳をそばだてたら聞こえる気がする。間に隔てている音は、水の音だ。水が流れて揺蕩う音が、声と私の間にある。
「待って……何、を……」
『……ター、マスター!』
『主様!』
声が気になるのだけれど、私の手を小さな手が引っ張る感触がある。毛皮のふわふわとした感触。ふたつの呼びかける声。
「――ん、もう朝……?」
「おはようございます、マスター」
「おはよー!」
目を開けてみると、ルイスとアワユキが私の顔を覗き込んでいた。魘されてたんですよ、と言われても、何の夢を見ていたのか思い出せない。
「マスター、今日は何処に行くんです?」
「どうしよっか」
地図を開く。自分の位置も書き込んでくれる、大変に便利な地図だ。脅威の×印はいくつか南についていて、このまま東に向かう分には問題なさそうだった。何があるかはわからないけれど、動かない何かがここにあるらしい。
「東の向こうって、行ったら何があるんです?」
「確か、……ああそういえば、昔、私に魔法をちょっとだけ教えてくれた魔女が東の出身でね。いくつかの島国に、色んな国があるんだって言ってたわ。でも、この地図を見ると……」
島どころか、見える範囲では海すらない。湖はいくつかあるけれど、中に島があったとしてもひとつくらいだ。
「なさそうですね」
「ないねー」
「どれくらい東なんだろうね、あの話って。とにかく気まぐれな旅だし、朝のお茶とご飯を済ませてから東に進んでみよっか」
「「はーい」」
一晩休ませてもらった木の枝を撫でて礼を言ってから箒で降りて、朝ご飯に魔法で出したパンを食べる。こういう時にこの魔法のいいところは、日が経って硬くなっていないパンではなく、出したての柔らかいパンを食べられることだった。白パンだって日が経つと黒パン並みに硬くなるから、汁物に浸す必要なく食べられるのは嬉しい。癖というか、今もそうやって食べるのは好きだけど。
水袋に入れていた水をカップに移して、簡単にお茶を淹れて一杯。旅先だというのに、魔法があるととても贅沢をできている気がした。
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