12章 クロスステッチの魔女の気まぐれ旅

第230話 クロスステッチの魔女、気ままに飛ぶ

 快晴の空は、暑いけれど抜けるように綺麗な水色をしていて。私は留守の用意をして……取られて困るものもそうないけど、いちおう資材の部屋に結界をかけた。私の水晶の片割れを置いていき『採取の旅中。御用の方はこちらまで』というメッセージも添えておく。資材さえ無事なら、後は問題ない。お金は大してないから、全部持って行くし。組合で買った地図や食べ物、瓶、水袋もカバンに入れた。旅は家から出るものだからと一度戻ってみたけど、気分も晴れやかでいいものだ。


「主様、気まぐれ旅楽しそう!」


「最初はどこを目指すんですか?」


 ルイスのカバンには、ルイスの分の荷物。アワユキが咥える袋には、アワユキの分の荷物を入れていてくれた。私自身はいつものカバンを肩からかけて、外に出る。


「あら、長旅?」


「そうなんです、あてのない採取の旅に」


 お隣のエレイン様に挨拶して、ルイス達を乗せた箒に跨る。もちろん《引き寄せ》魔法のリボンはつけない。行き先を指定していないんだから、当然だ。


「行ってきまーす!」


 勢いよく地面を蹴って、箒を浮かび上がらせる。つま先が地面から離れて、草よりも高いところへ。やがて、つま先が触れるものが木の先端になり、それも触らなくなれば、高度としては十分だ。


「それじゃあ、しゅっぱーつ!」


「「おおー!」」


 私の掛け声に盛り上がる二人のかわいい声を聞きながら、進む先を決めるためにその場でくるりと旋回してみる。南は太陽に向かって行くので、暑いから論外。西は太陽が後で来るから、やっぱり嫌。北は《裁縫鋏》のこともあるし避けたい。


「東に向かうわよー、何があるかは私もわからないけど!」


 箒の柄を東に向けて、速度はあまり上げずに飛び始めた。気になるものがあれば採取していきたいから、こういう形になるとは二人に話してある。そもそも目的地もなければ目当てもなく、ただ風に導かれるままの旅なのだ。


「風が気持ちいいですねぇ……マスター、マスターの知らないものがあるのって、どのあたりからなんですか?」


「箒で一日、日帰りできる距離しか飛んでないから……今夜寝るあたりから、知らないところになるわね」


 飛んでる魔女を撃ち落とすような人間はいない。魔女を嫌う国であっても、早く行って欲しいからとわざわざ撃ち落としはしないからだ。

 半日飛んで、空気が橙色に染まったあたりで私は着陸した。周りには民家も何もないから、今夜は久しぶりに野宿だ。


「マスター? もしかして、今日はお外で寝るんですか?」


「なつかしーい!」


「アワユキは精霊だった頃は家も何もなかったものね。ルイスとは初めてだったかしら? 星空を見ながら眠るのもいいものよ」


 昔もやったなぁ、なんて思いながら、私は拾った枝に魔法で火をつける。焚き火にチーズを炙って、こういう時の好物のとろけたチーズパンを久しぶりに作ったらおいしかった。

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