第193話 クロスステッチの魔女、物語の終わりにもやもやする

「うーん、何かあったのかしら」


 本のページがひとつ足りない、というわけではない。ただ、『悲劇』の詳細はないまま、話は進んでいる。その違和感は、物語に慣れていない私でも感じることができるものだった。とにかく、話を読み進める。


「小さな国、は……小さな国は、魔法を壊され、大きな国に、攻め込まれてしまいました。人々は散り散りに逃げ、家は焼かれ、町はみんな、大きな国のものになってしまいます。兵士も魔法使いも勇敢な男達も、大きな国の兵士には、勝てませんでした。彼らはみんな、魔法破りの魔法の品物を持っていたのです。最後に王が大きな国の兵士の刃に貫かれた、時……魔法が発動しました。小さな国全部を使った、大きな大きな魔法でした」


 悲劇とやらの詳細が語られていなくても、小さな国を襲ったものは十分に悲劇だった。魔法破りの魔法……心当たりはいくつかある。一番有名で難しいものといえば、イラクサで編んだベスト。編む間は一切口を利いてはならない代わりに、その人にかけられた魔法をすべて解除する効果を持つ。他にも『魔法から身を守る』魔法や『すでにかけられた魔法を打ち消す』魔法はいくつか有名なものもあるけれど、取り扱いが難しいから私にはまだ作れないものばかりだった。


「主様、小さな国はどうなったのー?」


「ちょっと待ってね……」


 アワユキに鼻でつんつんと突かれて、私は続きの文章を読み上げる。


「小さな国は……小さな国は、大きな国の軍靴と剣ではなく、小さな国自身の最後の魔法で、滅びました。国のすべては、大きな国に取られるくらいならと、湖を作り出してその底へと沈んでいったのです。大きな国の兵士も、小さな国の人々も、王様も、王子様も、お姫様も、沈んでいきました。沈めたのは、王妃様でした。王妃様は、魔法使いだったのです。大好きな国のために、土と人々を守りきれなかった時に、せめて誇りを守るための魔法を用意していました。使わないで済むなら、きっとそれが一番だったのでしょうが。

 ……そして、後には大きな湖だけが残りました。今でもその湖はどこかにあって、条件が整えば、水を透かしてかつての小さな国の建物達が見えるそうです。おしまい」


 私がそう物語るのを終えると、ルイスとイヴェットが拍手をしてくれる。中々に重いお話だったけれど、この子達は面白がってくれたらしい。


「マスター、また何かお話してください」


「アワユキもー! 聞きたーい!」


「もう日が落ちちゃったから、また今度ね。イヴェットのお迎え……は今日は来ないらしいけど、そろそろお夕飯の支度はしないと」


 ことりと首を傾げるイヴェットに「お姉様達の方はもうちょっと狩りをして帰りたいって」と言えば、納得したように頷いてくれた。

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