第191話 中古《ドール》、古い物語を聞く
前から思っていたけれど、マスターは字を読むのがあまりお上手ではない。これまで、文字というものの必要性が薄い暮らしをしていたらしい。僕の方が不思議と読み書きは上手だから、たまにマスターの代わりに僕が字を読むこともあった。
「マスターは、お話をあまり読まなかったんですか?」
「私にとって物語って、吟遊詩人や語り部から『聞く』ものだったのよ。山に囲まれた田舎では、そういう人の語る物語だけが娯楽と言ってもいいくらいだったからね」
時折、昔のことを思い出して語るマスターの様子は、懐かしそうにも悲しそうにも見える。マスターの生まれ育ったところは、多分、あまり恵まれた場所ではないようだった。ちゃんと聞いたことはないけれど……代わりに僕から差し出せるものは、過去の記憶のない僕にはないから。だから、聞かなかった。
「山に囲まれた国って、そのお話の国みたいですね」
「ああ、確かにそうかも」
「主様ー、アワユキに最初から読んでー」
「はいはい、わかったわ」
そう僕達がこそこそ話していると、寝返りを打ったイヴェットの目が開いた。起きてしまったらしい。むくりと起き上がって、本を広げているマスターに目をやると「お話なら、イヴェットも聞きたいです」と珍しく主張する。三日間過ごして、イヴェットから何かを欲しがるのは初めて見たような気がした。
「イヴェットもこっちおいで。この本は絵もついてるから、一緒に広げながら見ようよ」
「わあい」
「はあい」
「わかりました」
自由に空を飛べる僕はマスターの顔の側に飛んで、ふわふわ浮き上がったイヴェットがマスターの太腿の上に乗る。アワユキはその体を生かして、マスターの腕に巻き付いた。マスターは僕達みんなが本を見やすいように、本を膝の上に乗せてくれた。
「じゃあ、最初から読むね」
時折なぜかつっかえつつ、マスターの声がゆっくりと物語を読んでくれた。元々、このお話自体が誰かから聞き取ったものを書き留めたのだろう。マスターはそれを読み上げるだけで、語り部のように物語ることができた。
「……けれどある日、その小さな国に大きな国が攻めてきました。猟師と変わらない生活をしていた兵士では、大きな国の、ピカピカの鎧をまとった兵士たちに勝てません。だから国王はお触れを発して、国中の魔法使いを集め、お願いをしました。どうか、この国を守るための大きな魔法を探し求めて欲しい。大きな国が我が国を呑み込んでしまえば、国がめちゃくちゃになってしまう、と。魔法使いたちは皆、王様のお触れに従いました。何故って、大きな国は魔法使いが嫌いだからです。魔法使いたちを好きでいてくれる、小さな国の役に立ちたかったのです。これが、悲劇の始まりでした」
何故か、この物語を聞いたことがある気がする。でも、お話の続きを思い出せなかった。
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