第185話 クロスステッチの魔女、たくさん糸を紡ぐ

 糸紡ぎは好きな仕事だけど、楽な仕事ではない。人間だった頃は、特に。魔女になればもっといい道具が使えるようになって、多少なりとも楽になった。


「ルイス、イヴェット、これからやるのを見ててね」


 摘み取ったまるっこい魔綿の房をいくつか、軽く指で裂く。そうしてできた繊維の塊同士を捏ねて絡め合わせ、専用の櫛で繊維の毛流れを整えた。綿の塊の端を指で摘まんで、捻りながら少し繊維を引き出す。細く、細く、と念じつつやってみたところで、あんまり細すぎても糸は千切れてしまうし、太すぎては針穴に通らない糸になってしまう。地味に難しく、大変で、人間だった頃からやっていてもまだ改善点の多い仕事だ。だからこの世には、糸だけで魔法を作る魔女もいる。


「二人には、持ってきてもらった綿をこういう塊にしてほしいの。継ぎ足す予定だから、端は作らなくていいわ」


「アワユキもやるー! 面白そう!」


「そう? じゃあ、綿の塊を捏ねるのを手伝ってね。やりすぎると糸紡ぎには使えなくなるから、ルイスが気をつけてあげて」


「わかりました」


 私からのお願いを、三人が了承してくれる。おかげで私は、糸紡ぎだけに熱中できるというわけだ。これも、《ドール》といる利点かもしれない。

 先ほど作った糸の端を導き糸に結びつけて、はずみ車を通し、糸車の小さなスピンドルに所定通りゆわえつける。ペダルをひとつ踏んではずみ車が回る間にスピンドルが何度も回って、魔綿の塊から糸を紡ぎ出す……人間が使ってるのと、そこまで機能は変わらない糸車だ。グース糸の魔女ガブリエラ様の元で見た、完全に勝手に動く糸車だなんて高価な品ではない。糸に縒りをかけるのに、人が付きっきりでないといけない糸車だ。でも正直、こういう糸車の方が、糸紡ぎをしている気分になれて好きだったりする。


『唸れや唸れ、糸巻きや。歌えや歌え、太うなれ

山羊の茶色の硬い毛も、綺麗な真白の糸になれ』


 自然と唇から零れるのは、昔に習った糸紡ぎの歌。当時より使う道具が変わっても、やり方が変わっても、歌は変わらなかった。拍子を取るように、糸車のペダルを踏む。導き糸に引っ張られ、指先で縒りをかけていた糸が、魔綿の塊から糸になって、くるくると楽しそうな音を立ててスピンドルに溜まっていく。

 視線は紡いでいく糸と、三人がかりで魔綿の塊を作っている《ドール》達との間を、何度も往復する。それぞれに綿の塊を裂き合わせ、繊維を絡め合わせ、教えるまでもなく種は取り除いてくれる。有能な《ドール》達を見守りながら紡いでいたら、早速次の塊が必要になるほど紡げてしまった。

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