第97話 クロスステッチの魔女、かまくらを楽しむ

「マスター、これは何ですか?」


「これはかまくらよ。雪の中って、うまく行けばそれなりに暖かいの」


 もちろん、周囲と比較してだけれど。雪が降った後に出歩くなと言われつつ、雪洞の掘り方は人間だった頃に叩き込まれていた。かまくらは、雪を積み上げて作るのが違うし、完全な娯楽なのでこれはこれで面白いものだった。


「小さなテーブルを持ってきて、今日はここでお茶をしようかなと」


「楽しそう!」


 嬉しそうなルイスといったん家に戻って、ティーセットとお菓子を手分けしてかまくらに持ち込む。魔法でつけた火を熱がかまくらの中に穏やかに広がって、紅茶の甘い匂いも広げていく。魔法で作った砂糖菓子に、硬く焼き締めたビスケットを並べて一息ついた。


「あ、それってマスターが念入りに焼いていたビスケットですよね」


「そうよ。保存食用カチコチビスケット。冷たい風に晒しておいた方は、もうちょっと置いておきたいし……試食も兼ねてね」


 魔女になって気楽なのは、魔法でパンと砂糖菓子を作れるようになったことだ。お師匠様が作るような上質なパンではなくても、飢える心配をあまりしなくていいだけありがたい。パンしか食べていないと贅沢病になるという話だから、それを防ぐために他の食料も食べておきなさい、とは白パンを魔法で作れるようになってそればかり食べていた最初の頃に言われた言葉だ。色を変えれば黒パンになるらしいけれど、一度慣れたらこればかり作っている。

 ビスケットは昔に教わったレシピで作って、何度も焼き締めて固めた保存用食品で旅にも持っていけるという触れ込みではある。とはいえ保存を優先した分とてつもなく硬いので、暖かい紅茶に吸わせて柔らかくして食べるのが正だった。紅茶である必要はなくて、要するにお湯か何か、水分ということなのだけれど。昔は雪を溶かしていたものだった。


「マスター、僕こういうのも初めてだからなんだかドキドキします」


「ふふ、紅茶が沁みるまで待っていようね」


 温かい紅茶を淹れて、小さく焼き締めておいたビスケットを入れる。しばらくビスケットがお湯を吸って、柔らかく膨らむまで外をぼんやり眺めながら待っていた。


「あ、そうだ。ちょっと待ってね、雪兎を作ってあげるから」


「雪兎?」


「ええ、かわいいのよ」


 そう言ってちょっと外に出て、雪を掬い取り、耳の代わりに葉を刺したところで目になる何かを探す。葉を採った木には実がなっていなかったとはいえ、それらしいものがまったくないわけではないはずだから。


「……あら?」


 そんな風に探していると、木の実の代わりに何かが落ちているのを見つけた。拾い上げてみるとそれは―――何かの生き物のようだった。

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