第95話 クロスステッチの魔女、雪遊びの準備をする
初雪が降ってから程なく、周囲一帯を真っ白く染めるように雪が降った。ルイスは毎朝窓を開けて、外で遊びたがっていたのだけれど、私はすぐに許可を出さなかった。お師匠様と暮らしていた家と然程離れていないこの家の辺りで、雪がどう降るかは20年見てきていた。
「雪で遊ぶならやっぱり、雪がある程度積もってからの方が楽しいのよ」
「そうなんですね」
「最初は雪は溶けて消えてしまうけれど、そのうちもっと寒くなったら溶けなくなって、積もっていくわ」
最初は雪が降っても、外が雪のカタチを維持するには暖かすぎるから、すぐに消えてしまう。しばらくは朝に雪が薄っすら積もって、昼の陽射しで溶けて、夜になるとまた―――天気によっては―――雪が降る。そのうち冬が進んで行けば雪が溶けなくなるから、遊ぶならその時にしようと話をしていた。中途半端に溶けた雪は、土と混ざって汚くなってしまうから。それに、雪で濡れただけなら服の手入れは容易いけれど、泥も入ってしまったら洗濯はちょっと大変だ。
「早く雪遊び、してみたいですねえ」
「そんなに楽しみにしてるなら、なんだかちょっと嬉しいわ」
今日は雪遊びの時のために、前に買っていた《ドール》用の布手袋に《防水》の魔法の刺繍を施していた。猫草から紡いだ糸を、水を弾く渇き草で染め、太陽を簡略化した図案を刺繍する。小さな手袋に施す刺繍は目と集中力を使う細やかな仕事だったけれど、魔力を通せば濡らしてもその水をつるりと流してしまう手袋になった。
「ルイス、これ。もうすぐ雪がいい感じに積もるから、その時はこの手袋を使ってね」
「ありがとうございます、マスター!」
嬉しそうに手袋をはめては暖炉の火にかざす姿は、とてもかわいらしかった。
「マスターが下さったお靴で、雪を踏みに行くのはやめた方がいいですか?」
「あれは撥水は普通だから……ちょっと待って、同じ魔法の刺繍をつけた中敷きを作るから」
手袋に靴を用意してやるのは、《ドール》が濡れることで中に支障があっては嫌だと言う私の過保護によるものだった。雪の中を動き回って濡れても壊れたりしないことは、お師匠様のイースとステューを見ていてわかっている。あの二人、特にイースはお師匠様のおつかいで雪の中に出て行くことも多かったから。でも落ち着かない気がして、私自身も自分用の手袋と暖かい靴を用意してしまうのは、昔の名残なのだろう。
「実はね、ルイス。私も結構ワクワクしているの。昔は雪で遊ぶなんて、あんまりしたことなかったから」
お師匠様に教わった雪遊びをルイスに教えられるのが楽しみで、雪が降ることを待ち望むなんて慣れないことをしてしまった。
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