第85話 クロスステッチの魔女、雲の中へ行く

「今日は色々と集めるから、ルイスにも手伝ってもらうわよ」


「はいっ、お任せください、マスター!」


 今日はちょっぴり遠出をしよう、と決めて、私は朝からルイスと支度をしていた。丈夫な綿で織った黒い無地のワンピースに、革手袋、頑丈な茶色のブーツに、新しいコートを羽織る。外は随分と寒くなっていて、雪が降るのも時間の問題だった。雪が降っては採れないものもあるし、逆に、雪が降らないと採れないものもある。植物と付き合うのは楽しかった。箱庭がもう少し大きければ、色々と数を育てたいものもあるのだけれど……広げるのは大変だと聞くから、来年の楽しみにしている。


「今日は南の山の方に行くのに、《引き寄せ》を使わないで行ってみようと思うの」


「おおー」


「……帰りは家への《引き寄せ》があるけど、あの山の方に行くリボンはまだ作ってなかったしね」


 《引き寄せ》なしでも、歯車細工の魔女とはちゃんと飛べたのだ。私はやればできる子だと自分に言い聞かせながら、ルイスをクッションに乗せて箒に跨がる。空模様は雲が多くて、雨か雪に途中で降られそうだった。


「ルイス、ちょっと右腕出して」


「? はい、わかりました」


 大人しく腕を出してくれたルイスに、私が腕に巻くためのリボンを巻き付ける。気が回らなかったために大きなリボンをぐるぐる巻きにすることになってしまったけれど、今度はちゃんとしたものを作るので許して欲しい。ルイスに巻いたリボンの刺繍に魔力を通したところで、私自身も同じものをつけて同じように魔力を通す。


「マスター、これは何の魔法なんですか?」


「《雨雪避け》よ。空模様が怪しいからね……濡れたら服が傷むんだの、それはダメよ」


 今日の私が着てる服にはほとんど魔法がないとはいえ、迂闊に傷めるわけにはいかない。魔女たるもの、しっかり管理ができなくてはならないのだから。改めて箒のリボンに魔力を通し、ゆっくりと浮き上がった箒は南に進み始めた。少し速度を上げて、近くを飛んでいた鳥と並走できる程度にしてみた。まぁ、走ってはいないのだけれど。


「マスター、この箒って雲の中には行けるんですか?」


「……もうすぐ振り出しそうな低い雲だし、行けなくはないわね」


 上級の魔女の中には、雲の中を突っ切ったり雲の上まで飛び上がれるお方もいるとは聞いたことがある。奇妙な形に歪んだ雲は魔女の仕業だと、昔誰かに言われた記憶もよぎった。私が今までやったことないのは、そんなことをする理由がなかったからだけど……。

 言われてみたら、気になった。やってみたくなった。だから、


「よし、やってみよっか!」


「わーい!」


 手近なところに浮かんでいた雲へ、箒の柄を向けて私達は突っ込んでいった。

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