第82話 クロスステッチの魔女、お隣さんと交流する

 食べ物を溜め込み、まず確実に必要なルイスの薬液になる薬草を多めに集め、私は冬になるべく家で篭もれる用意を整えていた。気分は冬眠前のクマ、といったところだろうか。多少食べなくても寒くても死なないから、森の恵みを採りすぎないようには気をつけていた。


「家賃はもう春の分まで払ってあるし……魔女組合からは、春に納める長期仕事をいくつか受けてあるし……雪狐の毛織の外套も受け取った……薪も沢山割っておいたし……食べ物もある……掃除も大体終わった……」


 ぶつぶつと呟きながら、指折り数えて済んだ冬支度の数を数える。糸紡ぎに、機織、刺繍の仕事をひとつずつ受けていた。できることは増やしておいて損にならないし、一応、基礎は習っている。お師匠様ではなく、人間だった頃の話だけれど。


「あ、そういえばこれ」


 魔女組合に預けられていた、私宛だという包み。帰った時には疲れてしまっていて開けられてなかったそれは、中に柔らかいものが入っているようだった。

 開けてみると、中身は毛糸玉だった。白くてふわふわしていて、ほんのりと暖かい感触がある。ついていた手紙には『グース糸の魔女ガブリエラ』という文字が読めた。どうやら羽を集めてくれたお礼にと、少し分けてくれたらしい。


「マスター、僕も触ってみていいですか?」


「勿論! ああ、これは……ふわふわでぬくぬく……あの方が忙しくなるのもわかるわね……」


 人間にも人気なために買うのは難しいと聞いていたので、冬の備えをする際にこの糸を用意するのは考えていなかった。そもそも、編み物は得意ではない。


「編み物は……ちょっと聞くだけ、聞いてみようか」


 私はルイスと出かける用意をして、家を出た。と言っても、お隣を訪ねるだけだ。


「ごめんくださーい、クロスステッチの魔女でーす。今大丈夫ー?」


 コンコンと金属製のノッカーを叩いてそう言うと、ほどなくレース編みの三等級魔女エレインが彼女の《ドール》と顔を出した。


「あら、何かあったの?」


「毛糸をもらったんですけれど、どう使っていいかわからなくて……これでまず、何か作れそうですか?」


 糸玉を見せながらした、あまりにも漠然とし過ぎた質問に彼女がおかしそうに笑う。


「あなた、人間だった頃に習わなかったの?」


「編み物はほんっとーに苦手でして。でももう独り立ちした魔女ですし、いつまでもそんなこと言ってられないなー、と」


「最初の頃に師匠からもらった本の写しを、冬の間貸してあげるわ。私、もう使わないし」


 そう言って部屋に引っ込む魔女を見送って、彼女の《ドール》であるメリーベルは「うちのマスターのお節介は、やっぱり趣味ね」とルイスに教えていた。

 本だけでなく道具まで貸してくれたからにはら春にはびっくりさせられるような成果をあげないといけない。責任重大だった。

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