第70話 クロスステッチの魔女、山歩きをする
穏やかな山に降り立つと、草花のいい匂いがするから好きだ。私の住んでいる森とはまた別の、空に近く澄んだ気配。生える植物の相も違うし、姿も違うものがある……らしい。学があればもっと、気の利いたことが言えるんだろうな。字の勉強を増やしてもいいかもしれない。
私は歯車細工の魔女とおしゃべりをしながら、山を歩いていた。《ドール》達も、私達の側につきながら彼ら同士で話をしている。友達ができるのは、いいことだ。出発前、大きなチェリーの木に歯車細工の魔女は何かをしていたようだけれど、「後のお楽しみ」と言って教えてくれなかった。
「山って、高いところにあるから空気が綺麗やよねぇ。あんまり高いトコ行くの、頭がクラクラするから好きやないけど」
「昔、聞いたことあるよ。山の上の方に行くと空が近すぎて、普通の人や獣、鳥では具合が悪くなるんだって」
「なんで魔女は平気なんやろ、うちら箒で少し飛ぶくらいはなんともないやん?」
言われてみると私も気になって、お師匠様に箒を習った最初の頃のことを思い出していた。ううん、思い出せない。
「魔女は多少寝てなくても死なないから、それかな?」
「今度誰かに聞いてみよか」
二人でそんな話をしながら、山の中を歩き回る。色の綺麗な花、魔力のある蜜は私の欲しい材料だ。草の中でも数のありそうなもので、よく知らないものは積極的に持ち帰る。
「何しとるん? それ」
「よさそうなものは持ち帰って、庭に植えるの。自分の家で採れたら楽でしょう?」
「あー、そっか、あんたらは自分で糸染めるからそうなるんやなぁ」
細工の魔女一門では、確かに植物をあまり使わないような印象がある。……もっとも、これは後で半分誤解だとわかったのだけれど。単純に趣味だとか、自分で作った細工物につける飾りとして花を育ててるだとか、そういう魔女がいると知ったのは後のことだった。
「お、ええ石みっけ。後で磨いてみよ」
「細工の魔女が使うような色石って、どこで見つかるものなの?」
「
「……山を、丸ごと?」
「うん」
なんだかゾワゾワとする、奇妙な聞こえの話だった。だが彼女は私の様子に気づかず、「うちは川の近くに行くことが多いねぇ」と続けた。
「河原には石が多いやろ? そん中にね、たまーに綺麗なのが混ざってるんや。お師匠様がなんか言っとった気がしたけど、なんやったかなぁ」
「山の石が河で見つかるって、なんだか不思議ね」
それなら川に行こうよ、と私が提案してみると、彼女は嬉しそうに頷いた。
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