第57話 クロスステッチの魔女、姉弟子と別れる
「……さて、そろそろいい時間ね。また箒で事故を起こす前に、早くお帰りなさい」
「そうですね。ルイス達の訓練も一区切りついたみたいだし……ルイス―、そろそろおうち帰りたいんだけど大丈夫?」
グレイシアお姉様に促されて私がそう言うと、剣の練習をしていたルイスはぱっと顔を上げてこちらに戻ってきた。その様子をルークに見守られているのは、兄と弟のようで少し微笑ましい。
「初日にしてはよく頑張ってたと思うよ。マスター達のご用事もあるようだし、今日はここまでにしようか」
「はい、ありがとうございます!」
ぺこっとルークに頭を下げてから振り返ったルイスの目は、色々と話がしたそうにうずうずしていた。私は「まずは元の服に着替えていらっしゃいな」と言って、自分自身の帰り支度も始める。グレイシアお姉様はルークと何かをこそこそお話しているようだったけれど、それを盗み聞きするような無粋をしないだけの分別は私も持っていた。お姉様がいったん部屋を出るのを半ば見送りつつ、ルイスが着替え終わるの待つ。
「マスター!」
着替え終わったルイスは部屋の入り口で勢い良く飛び上がったかと思うと、そのままジャケットの魔法の刺繍で私の方に向かって飛んできた。もうすっかり使いこなしているようで、多少の加速にも成功しているらしく勢いがいい。昔、近所にいた人懐っこい犬が私に向かって突っ込んで来た時のことを思い出してしまう勢いだった。
「剣の訓練を許してくださり、ありがとうございました! 僕、マスターを守れる立派な剣士になりますね!」
「そんなに楽しかったの?」
「僕、やっぱり前にも……多分、人間だった頃にも、剣を振っていたことも思い出せました!」
ルイスが誇らしげに報告して来る内容に、少したじろぎそうになってしまう。ルイスが人間だった頃—――それは、誰かがこの《ドール》を作るために殺してしまった人間のことだ。それを、ルイスは知らない。私からは、言えるはずがない。
「それじゃあ、とっても頼りにしちゃおうかしら」
「お任せください、マスター」
私と目が合う高さまで浮いたまま、器用にルイスは一礼した。その礼の仕方は私が教えていないから、咄嗟に出たものなのだろう。見慣れない形だったそれを、私は頭の中に覚えておくことにした。生前の手掛かりか、あるいは前の持ち主の元にいた頃の手掛かりに、なるかもしれないと思ったから。
「クロスステッチの魔女、ルイス、帰るならこれを持っていって」
グレイシアお姉様が帰ろうとする私に渡してきたのは、少し長細い包みだった。帰ったら開けるように、と言いつけられたそれを受け取り、丁寧にあいさつをしてグレイシアお姉様の家の前から家への《引き寄せ》のリボンに魔力を通し家路につく。
「グレイシアお姉様、ありがとうございました」
「また剣のことを教えて下さい」
今度は事故も起こさず、穏やかに、家に帰ることができた。月の明るい夜だったから、途中で陽が落ちても問題なかったのが大きいと思うけれど。
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