SecondCode ーセカンドコードー

夢見みた

一話 事件の被害

 あの日の事は今でも鮮明に覚えている。

 妹の部屋からバタンと音がして何事かと駆けつけてみると、そこには床に倒れこんだ妹の姿があった。


 焦りに焦った。

 何が何だか、どうすればいいのか、とりあえず救急車を呼ぼうとするが携帯をもつその手は震えでまともに握れていなかった。

 だんだん、周りの音が霞んでいく様な感覚になり、しまいには自分の心臓の鼓動しか聞こえない状態にまで陥った。


 どうすれば、何をすれば、何もできない。何も動かない。

 なんでなんでなんでなんでなんで、目の前で妹が倒れているのになんで、なんで動かない。


『なんで助けてくれないの。私の事が嫌いだから。それとも私がいなくなればお兄ちゃんは幸せになれるから、ねぇなんで。』


 倒れているはずの妹から聞こえる声はノイズが混ざったような声でこちらに話しかけてくる。


 そしてこの現象は、一言で終わる。


『助けてお兄ちゃん』


 ――――――――――


「っは」


 呼吸が荒く手が震える。


「はぁ、はぁぁ、朝か」


 深く深呼吸をすることでこわばる体を落ち着かせ冷静になる。


 時刻は午前六時半。

 いつも通りの朝の目覚め、慣れる様子はさらさらない。

 あの日から毎日のように悪夢を見て目覚める毎日だ。苦しいが、この悪夢から逃げられない。


 もし俺がこの悪夢から逃げることがあるなら、それは妹を見捨てるということと同様の行為になるから。だから、逃げてはいけない。逃げてはいけないのだ。


「おはよう...未来みらい...、今日も兄ちゃんは目覚めたよ。」


 ベッドの上で上げた視線の先には壁しかない。だが、その壁の向こうには声は届く、はずだった。


 今日は平日の月曜日なので普通に学校がある。

 顔や歯を綺麗にし学校指定の制服を着用したら登校の準備はすぐに終わった。たいした時間はかからない。

 支度を終わらせた俺が玄関で靴を履いていると、トントンと後ろから誰かの足跡が聞こえる。

 振り返るとそこには妹である未来の姿があった。


「未来か、おはよう。今日は出てきても大丈夫なのか。」


「う、うん。今日は大丈夫みたい。」


「そっか、じゃあ兄ちゃんは学校行ってるから。」


「うん。」


「...行ってきます。」


「いっ、いって、いっってら、」


 その続きを言おうとしたとき、未来は一瞬まぶたが閉じ、力が抜けたみたいに床に膝を落とした。


 俺は瞬時に持っていた登校用の鞄を床に投げ捨て、未来を支えた。


「大丈夫か未来。無理しなくていいから、慣れるまででいいから。なっ。」


 呼吸が荒くなりだした未来の背中を擦りながら深く深呼吸をさせ、なんとか落ち着かせた。


「一人で部屋まで戻れそうか。」


 そう聞くと未来はうなずいて、苦しそうに喉を抑えながら自分の部屋へと続く階段を上っていった。

 その階段を未来が上り終えるのを自分の目で確認してから、鞄を持ち直し家の扉を開いた。


 なぜ、妹がうまく話せないのか。それにはとある事件が関わっていた。

 その事件の名は【消えた聖夜ロストクリスマス】名前の通り、この事件は聖夜の日に起こった事件で、世の中は例年通りにこの時期を迎えたていたが、突如として全国の病院に原因不明の昏睡状態の人たちが次から次へと運び込まれていった。

 世間は大パニックになり、テレビやネットでもその日は一日中速報や情報の共有で溢れかえっていた。


 もちろん俺たちもこの日は夜に家族全員で少し豪華な食事をする予定だった。それなのに何が原因かもわからない事件に未来は巻き込まれてしまい。病院に搬送されてからと言うもの俺たち家族は心配と恐怖心で心の中が押しつぶされそうだった。

 もし未来の命に何かあれば俺たち家族はきっと、心がずたずたに壊れてしまっていただろう。それほどまでに俺たちは仲が良い家族だった。だから、隠し事なんてあるはずが無いと勝手に思ってしまっていた。


 そのことを知ったのは警察が事件の手掛かりがないかを調べるために未来の部屋を捜索していた時だった。

 未来の部屋から一冊のノートが出てきた。

 見た目はボロボロで未来にしては、物をここまでボロボロにするのは珍しかった。だが、ページをめくればその理由は明確だった。


 そこに書かれた悪口の数々、ひどいもので言えば自殺にまで追い込んでしまうほどの様な言葉まで書かれていた。

 なぜ、未来がこんな物を持っているのか理由は簡単だ。ここまでの事をされていれば誰でもわかる。


 未来は学校でいじめにあっていた。


 初めて知った妹の隠し事に俺は深い後悔と兄として情けなさを感じてしまった。

 もっと妹の事を気にかけていれば、もっと妹と話をしてあげれていれば、もっともっと、もっと何かしてあげれることがあったかもしれないのに。

 考えれば、考えるほどマイナスな思考ばかりが俺の頭を埋め尽くした。

 

 ちょうどその頃、搬送された患者たちの中で意識を取り戻した者たちがぽつぽつと現れだしていた。未来もその一人で俺たちは心配と恐怖から解放され、一安心した。けど、未来の隠し事を知ってしまった今、未来にどう接すればいいのかという新たな問題も浮き上がっていた。


 ただでさえ、俺たちは未来がいじめられていたことに気づかなかったのだ。そんな俺たちに未来はどんな思いを持っているのか、想像しなくともわかる。とてもいいものではないと言うことを。


「未来...ごめんな父さんたち...何も気づいてあげられなくて」


「未来、未来、未来、本当にごめんね。お母さんたち本当に馬鹿でね。本当にごめんね。」


 目覚めた未来にどう接するか考えていた俺とは違い、父さんと母さんは泣きながらも目覚めてくれた嬉しさと分かってあげられなかった悔しさが混ざった涙を流しながら、必死になって未来に謝っていた。


「未来...俺も、本当にごめん。」


 そんな二人の姿を見て、考えるより先に頭が下がった。


「ほんとに、ほんとにごめん。未来。こんなこと言っても遅いかもだけど、これから兄ちゃんが何でも聞いてやるから、なんでも話してくれ。」


 泣きながらも俺は今、思っていることを全部口に出して未来に伝えた。

 すると、未来からも少し反応が見えたが


「あ、あの、ごめん...ごめんなさい。私、私は...」


 未来が何かを伝えようとしているとコンコンと病室の扉からノック音が聞こえた。


「はい。どちら様でしょうか。」


 母が答えると


「あ、真田です。希代さんたちに、妹さんの事で少しお話が。」


 背がそこそこ高く、気崩している服装と微妙に伸びている髭をそりさえすれば、イケメンとも呼ばれそうな大人の男性は真田恭二さなだきょうじ

 俺たちの事情聴取やその他もろもろを担当してくれた警察の人だ。


彼方かなた、少し未来の事見ててくれるか、父さんと母さんが話を聞いてくるから。」


「うん。分かってる。未来は俺が見てるから真田さんの話聞いてきてよ。事件関連の事かもしれないし。」


「あぁ、じゃあ、任せた。」


「ごめんね。彼方も高校生になったばかりなのに、こんな思いさせちゃって」


 母さんの悲しみの顔と涙を流しすぎて、だんだん嗚咽交じりになっていた声を聞けば、治まっていた俺の涙腺も再び壊れそうだった。


「大丈夫だから、俺は本当に大丈夫だから。」


 何とか笑顔を取り繕い、笑って返した。


 父さんが母さんを支える形で病室の扉を開き、真田さんたちと会話が聞こえない程度の場所まで移動した。


「辛かったよな...未来。」


 改めて未来に向き直り語り掛ける。


「でも、よかった。未来が目覚めてくれて、ほんとによかったよ。」


 俺が未来に語り掛けるとなぜだか、未来は悲しそうでつらそうな表情を見せるばかりだった。


「ちが...ちがう...の。わたし、わたしが...うっ」


 突如、未来は自分の喉もとを両手で抑え込んだ。

 まるで出せない声を無理やり絞り出そうとする様に。


「やめろ、未来。そんな事したら首がしまっちゃうから。声が出しにくいなら無理に出さなくていいから。」


 抑える未来の手を優しく握った。

 その手はとても震えていて、体全体が何かに怯えている様な感覚が握る手から伝わってきた。

 これは相当なを味わったんだろう。それも、いじめの件も味わうのが全部俺だったら、どれほどよかったか。

 俺は未来が落ち着くまで握った手を離さなかった。数分もすれば呼吸が整い、落ち着きの色が見えだした時には二人と真田さんが病室に戻ってきた。


「いいですかね。」


「「はい。」」


 戻ってくるなり、深刻そうな顔付きで三人は目線を合わしあった。


「未来。私はあなたのお母さんなの、だから分からなかったら分からないでいいのだけど、お母さんたちの名前言えるかな。」


 まさか...


「ゆっくりでいいんだからな。焦らずにゆっくりでいいから。」


 そんなこと...


「無理そうなら、今日じゃなくてもいいんですが。」


 そんなことって...嘘だろ


 未来を見やると顔を下に向けたまま首を横に振っていた。



 昏睡状態から意識を取り戻した患者たちにはある共通点があった。

 それは、意識を取り戻した全員が記憶のほとんどをなくしている状態だったということだ。





















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