第13話「人生に必要な骨」
「人生に必要な骨」
ある日のこと、僕はグループワークの授業で同じ班のクラスメイトにこんなことを言われた。
「敬磨っていつも、お母さんがこう言ってたから、とかばっかりだよな。お前自身はどう思ってるんだよ」
「どうって言われても……」
自分がどう思うかなんて良く分からない。例えば何かの選択肢を与えられても、いつまでも悩んでしまう。だから、誰かが決めてくれる方が良いと思える。その代表と言えるのがお母さんだった。
そのことを帰り道で友達の健心くんに相談したところ、
「じゃあ今度のジムの日、先生に聞いてみれば?」
とアドバイスしてくれた。どうやら彼も前に先生からの言葉で変化があったらしい。
だけど、そうやって先生に聞くのもまた同じことなんじゃないか。自分の考えはそうやって現れるものじゃあないんじゃないか。
そんな風に思ったものの、指針がなければ決められない僕は、それに従ってみることにした。
僕は『ナックルキックボクシングジム』にやって来ていた。兵庫県三田市内にあって、家から結構近くだ。毎週日曜日の子供教室に通っていて、僕と同じ小学校で四年生の健心くんや風翔くんも一緒だったりする。
着いた時には他の子供達はまだあまり来ておらず、開始まで少し時間がありそうだったので、ここで先生に話しかけることにした。
「あの、先生……」
「敬磨君、どうかしたのかい?」
今も本当に先生に聞くべきか少し悩んでいたが、僕は意を決して言葉にする。
「自分の考えがないっていけないこと? お母さんが言ってたから、っていう理由は駄目?」
先生は少し考える様子を見せてから口を開いた。
「人間の体には骨が必要だよね。もしなくなると、どうなっちゃうと思う?」
「え、と……ぐにゃぐにゃになっちゃう?」
「そう。骨があるからこそ、真っすぐ立つことが出来て、歩いたり手を動かしたりも出来るんだ」
一体何の話だろう、と思っていると、先生はその疑問を見透かしたように言う。
「それと同じように、人が生きていく人生にもしっかりと支えてくれる骨が必要だ。そして、自分の考えや意見というのはまさにその骨なんだよ」
「……じゃあ、やっぱり僕が間違ってるんだ」
先生が言う通りなら、僕はその骨がないぐにゃぐにゃで駄目な状態なんだから。
けれど、先生はゆっくりと首を横に振った。
「お母さんが正しいことを言っている、良いことを言っている、と信じるのだって立派な君の考えだよ。それは何も悪いことじゃないさ。でも、本当にそうなのかな、って考えてみるのも大切だ。いつも敬磨君のお母さんが正しいとは限らないし、先生が言うことだって正しいとも限らない。だから、敬磨君が自分自身で、何が良いことで何が悪いことか、判断しなければいけないんだ。色々な人の話を聞いたり、色々な本を読んだりして、そこで触れた考えについてちゃんと考えた上でね。それこそ、自分の意見を持つって言うことじゃないかな」
僕は自分の考えというものが、自分の中から自然と生まれてくるもののように思っていた。
でも先生はこれまでに触れてきた色々な考えの中から、どれを選ぶか自分で判断することだと言った。
それは僕にとっては驚きの言葉で、何だか悩んでいたことがフッと軽くなったように感じられた。
「先生、ありがとう。僕もしっかりした骨を手に入れられるように、もっと皆の言うことについて考えてみる」
「それは良かった。応援してるよ」
話が落ち着いたところで、ちょうど他の子供達もやって来たので、その日の練習が始まった。
次のグループワークの授業の日、話し合う中で僕は発言した。
「僕は、こっちの方が良いと思う」
「またお母さんが言ってたから、か?」
クラスメイトはからかうように言ってきた。
けれど、僕は迷わずに頷いて答える。
「うん。確かにこれはお母さんが言ってたことだけど、でも僕も自分で考えてみて、それが間違ってないって思ったから」
「そ、そうかよ……」
そんな風に言い返されると思っていなかったのか、彼はそれ以上は何も言ってこなかった。
今の僕にはお母さんの言葉を信じることも自分の考えだと思うことが出来ていたので、その後も積極的に発言することが出来た。
きちんと考えているからこそ表れる自信。それは先生の言う骨に通じるものだと思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます