第11話 「やるべきこと」
「やるべきこと」
「はぁ~あ、何で勉強なんてしなきゃなんねーんだろうなー。宿題とかやりたくねーし」
俺は学校からの帰り道を歩きながら言った。
一緒に歩いているのは友達の敬磨と健心で、俺たち三人は同じ小学校の四年生だ。
「風翔、僕のお母さんは良い大学に行く為にちゃんと勉強しないと駄目だって」
敬磨はおずおずと口にした。
確かに俺の両親も似たようなことを言っていた。
「でもそんなこと言われてもなぁ。大学なんてずっと先の話だし、良く分かんねーよ」
敬磨が言葉に詰まっていると、健心が急に思いついたように言う。
「うちの姉ちゃんも中学の勉強、いつも大変そうだなぁ」
「うへー」
俺は顔をしかめた。
今でも面倒なのに、もっと面倒になるなら、とても我慢できる気がしない。
その後もそんな話を続けていると、気づけばそれぞれの家への分かれ道に着いていた。
俺達は軽く手を振って別れる。
「じゃあまた日曜日な」
今日は金曜日なので次の学校は月曜日だけど、俺達には毎週日曜日に共通の予定があった。
兵庫県三田市内にある『ナックルキックボクシングジム』。
そこでは毎週日曜日に子供教室が開かれており、今日も多くの子供達が集まっている。その中には俺、敬磨、健心もいた。三人とも少し前からここに通っている。
先生の指示に従って色々な練習を行っていく。サンドバッグやミット打ちは気分がスッキリするから結構好きだ。だけど、筋トレとかランニングはしんどいだけで嫌いだ。
そう思っていた俺は休憩中にふと先生に聞いてみることにした。
「こういう楽しくないのもやんなきゃ駄目なの? もっと手っ取り早く強くなりてー。なぁ、敬磨、健心」
「えっ、僕は別に……しんどいなぁ、とは思うけど」
「まあ、一気にレベルアップできるならその方が良いよね」
敬磨と健心がそれぞれ答えると、先生は口を開いた。
「うんうん、君達の気持ちは良く分かるよ。先生だって昔はそんな風に思っていたからね。でもその上で言うなら、こういうこともやらなきゃ駄目だよ」
「えー、そんなぁ……」
その返答に俺たちは肩を落とす。
けれど、先生の言葉はそれだけじゃ終わらなかった。
「これから言うことを良く考えてみて欲しい。強くなりたいとか、勇気を持てるようになりたいとか、運動が出来るようになりたいとか、このジムに来てくれている子達の目的は色々あると思う。だけど、それを達成する為にはこういう地道で面白くない努力が必要なんだ。成長の階段は必ず一つずつ上っていくことしか出来ない。だから、君達にはいつだって目の前にやるべきことがあるし、それを避けて目標に辿り着くことは絶対にないんだ」
「やるべきこと……」
俺が思わず呟くと、先生は頷いた。
「そう、そのやるべきから逃げずに立ち向かうことで、君達の中に本当の自信というものが育っていく。それは生きていく上でとても大切なものだから、先生は皆にその自信を手に入れてもらいたいと思っているよ」
先生の話を聞いて、俺は自分の考えの間違いに気づいた。
目標に関係のない、ただしんどかったり辛いだけのことはやるべきことじゃないと思う。
だけど、それがちゃんと関係のあることなら、その目標に通じていることなら、確かに俺にとって「やるべきこと」なんだろう。
そこで俺は先日の帰り道に敬磨達と話したことを思い出した。
「じゃあ、勉強もやっぱりやるべきこと?」
「そうだね。勉強はどんな職業を目指す為にも、どんな素晴らしい未来を掴み取る為にも、役に立つよ。今からちゃんと立ち向かっておけば、未来の君はきっとそのことに感謝すると思う」
先生の答えに納得した俺達は休憩を終えて、再び練習を再開した。
月曜日の朝、始業までまだ少し時間があったので、俺は敬磨や健心と廊下で話をしていた。
「先生が言ってたみたいに、勉強はやるべきことで逃げちゃいけないって思えば、少しはやる気が出るなって思ったよ。宿題もちゃんとやってきたしな」
「僕も、もっと自分に自信を持てるようになりたいな、って思うから、頑張る」
「本当の自信かぁ。それが何かまだ良く分からないけど、先生が言うなら信じてみようと思えるね」
そんな風に言って三人で笑い合っていると、やがて始業のチャイムが鳴った。
これまでなら授業の開始に憂鬱な気持ちもあったが、今の俺たちは前向きな気持ちで教室へと戻ることが出来た。
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