第9話 「継続は力」

 あたしは毎週日曜日、近所の『ナックルキックボクシングジム』に通っている。

 それは兵庫県三田市内にあるジムのことで、そこでは子供向けの教室が開かれているのだ。

「先生、こんにちは」

「こんにちは、美波ちゃん」

 先生に挨拶をした後、既に来ていた他の子供達と話し始めた。あたしは小学五年生で、同じ年の子もいれば、上や下の子もいる。

 ここに来るようになったのは一月前。両親に勧められて。運動は好きでも嫌いでもないくらいなので、あまり乗り気にはなれなかった。

 けど、いざ来るようになってからはまあそれなりに楽しい。体育でボクシングなんてやることはないから新鮮だし、他の子達とも気が合うっちゃ合う。

 ただ、困ったことに家でゲームをするのはもっと楽しい。正直、運動は体育でしているし、中学校になったら何か運動部に入ると思うから、今くらいは遊んでても良いんじゃないかって思ったりする。

 一月経った今もあまり上達している実感がないというのもある。その点、ゲームのステータスなんかは強くなったのが分かりやすくて楽しい。

 お父さんやお母さんは嫌になったら辞めても良いと言っているので、どうしよっかなー、と最近は辞める検討を始めていた。

「ねぇ、先生。あたしってここに来てから成長してる? 全然良くなってる気がしないんだけど」

 今日の練習が始まった後、休憩中にふと先生に訊いてみた。

「いやいや、始めたばかりの頃より動きがずっと良くなってるよ」

「ほんとかな~」

 そりゃ最初と比べれば慣れた部分はあるけど、それだけな気もする。

「自分じゃ分かりにくいと思うけど、続けた努力はちゃんと身になってるよ。継続は力なり、って言うようにね」

「うーん……」

 あたしがあまり納得できないでいると、先生は少し考えるような素振りを見せた。

「よし、ならこうしよう。来週は、ウォーミングアップの後に皆でスポーツテストをやるんだ」

「えっ」

 驚くあたしを放って、先生はすぐに他の子供達に告知を行っていた。



 何でこんなことに……。

 あたしはそう思いながらも、先生や他の子供達と一緒にジムの外にいた。今は順番に50m走を行っている。

 翌週の日曜日となり、先生は言っていた通りにスポーツテストを始めたのだ。簡単にやれる範囲で、とのことだけど。

 やがて、あたしが走る番がやって来た。仕方ない。とりあえずやろう。スタートの合図を聞いて走り始める。

「……?」

 走りながらも違和感を覚えた。何だか身体が軽い。気のせいだろうか。

 そう思いながらも走り切って息を吐くと、先生が告げた秒数にあたしは驚いた。

 それは、数か月前に学校で行った時と比べて、かなり速い秒数だったのだ。

「ほ、ほんとに?」

「ああ、本当だよ。間違いない」

 戸惑うあたしに対して、先生は強く頷いた。

 その後も反復横跳びや立ち幅跳びを行ったが、どれも記録が伸びていた。

 どうやら他の子供達も同じのようで、喜んでいる様子だった。

 スポーツテストを終えてジムの中に戻る途中、いまだに困惑していたあたしに対して先生は言う。

「どうだい? 先生の言った通りだっただろう?」

 こうして結果が出れば認めざるを得ない。

「うん、続けてやってるとちゃんと力になってるんだね」

「そうさ。それは運動だけじゃなく、何だってそうなんだよ。勉強も、運動も、他の色々なことも、努力すればちゃんとできるようになっていくんだ。美波ちゃんが好きなゲームだってそうじゃないかな?」

「確かに」

 ゲームと違うって思っていたけど、今回みたいに数値にすれば、現実だって成長が分かりやすいのかもしれない。

「ただ、がむしゃらに努力すれば良いってわけじゃない、ということも大事だ。いくら人が頑張ったって、そのまま両手を羽ばたかせて鳥のように飛ぶことはできないだろう?」

「それは、そうだね」

 その光景を想像して、あたしは思わず笑みをこぼした。

「先生は皆が運動が得意になって、運動が好きになって欲しいって思ってる。だからその為のバランスの良い練習を心掛けてるんだ。でも例えば、もっと走るのが速くなりたい、とか、球技が上手くなりたい、とか、そういう時は相談してくれると嬉しい。それに向いた練習や家でできることなんかも教えられるからね」

「自分の目的に合わせた努力を続けるのが大切、ってわけだ」

「正解!」

 あたしが自分の理解を言葉にすると、先生は判を押すように言ってくれた。

「それじゃ今日の練習を始めていこうか」

 ジムの中に戻ったところで先生が言うと、あたし達は「はーい!」と元気の良い声を上げた。

 それは普段よりもやる気に満ちた声に思えた。頑張りがちゃんと力になっていることを知った為だろう。あたしと同じように。

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