第3話 「本当の強さ」
俺はクラスで一番強い。だから、誰も俺に逆らうことは出来ない。
「た、武也君……宿題やってきたよ」
「おう、ご苦労」
俺が小学校の教室に入ると、子分の優斗から宿題のプリントを受け取った。
「次はこれやっとけ」
「えっ、でも……」
「俺に逆らうとどうなるか、分かってんだろうな」
「ひっ、分かったよぅ」
俺が拳を握って脅すと、優斗は別の宿題を大人しく受け取った。
その様子を見ていた他の奴がひそひそと何かを話している。
むかついたので睨んだところ、そそくさと逃げていった。
俺の親父は怒るとすぐに手が出た。
昔から母さんは良く殴られたり蹴られたりしていた。俺も口答えすると同じ目に遭った。
それで学んだ。言うことを聞かない奴は殴ればいいんだ、って。
いつかは親父も殴って言うことを聞かせてやると思ったけど、今はまだ勝てない。
「武也」
リビングでテレビを見ていたら母さんが話しかけてきた。
「近くで『ナックルキックボクシングジム』っていうのをやってるみたいなんだ。行ってみない?」
「はぁ? 何でそんなもんに行かなきゃなんねぇんだよ」
「いつも暇そうにしているからさ」
反発したものの、俺は考えた。
ボクシングか。それをやって強くなれば、親父にも勝てるかもしれない。
「……わかった、行く」
「本当かい!? じゃあ早速連絡してみるね」
母さんは何やら嬉しそうにしていた。
次の日曜日、俺は母さんに連れられて同じ兵庫県三田市内の『ナックルキックボクシングジム』へとやって来ていた。三角屋根で一階だけの建物だ。大した広さじゃなかった。
母さんは見学しており、俺は先生に中を案内された。
先生は見るからに強そうだ。だるんだるんな親父の身体とは全然違う。
俺は言われた通りにサンドバッグを殴ったり蹴ったりしていく。
「お、武也君は筋が良いね。格闘技が向いてるんじゃないかな」
そう言われて、何だかむず痒くなった。あまり誰かにそうやって褒められたことがないから。
しばらく夢中になって練習した後、休憩に入った。
先生は他の子に軽く指導してから話しかけてきた。
「ここで強くなっても、人を傷つけちゃいけないよ。これは皆がしている先生との約束だ」
「何でだ? 強さを示さないと、言うことを聞かない」
俺は思わずそう反論していた。それは俺がこれまでの人生で学んだことだったから。
「そうやって力を振り回す人間の周りには、いずれは誰もいなくなってしまうんだ。大人でも子供でもね。それはとても哀しいことだよ。君はそんな風になりたいかい?」
真っ先に親父のことを想像した。今は仕方ないけど、大きくなって家を出たら、俺はもう会いたいとは思わない。親父は友達もいなさそうだ。休日はいつも家にいるし。
あんな風にはなりたくない。そんなことを思った俺は、首を横に振った。
「……嫌、だ」
「なら、お互いが楽しい気持ちでいられるような関わり方を頑張ろう。慣れてないならまずはここから始めればいい。この場所はそういう子供の為にあるんだ。そして、君や君の大切な人を傷つけようとする相手から守れるようになって欲しい。他にも、色々な人と仲良くやっていけたりね。僕はそういうのこそが本当の強さだって思う」
先生の言葉は不思議と俺の心に強く響いた。
どこかで感じていたのかもしれない。自分のしていることの間違いに。
そう思うと、俺はやらなきゃならないことがあると気づいた。
次の日、登校した俺は優斗を人がいないところに呼び出した。
そこで思い切り頭を下げて言う。
「優斗……今まで済まん!」
「え、え、え? 急にどうしたの、武也君?」
優斗は急に謝られて困っているようだった。
「俺はお前に悪いことをしてきた……俺が間違ってた。もう力で人に言うことを聞かせるのはやめる」
「そっか……じゃあ、いいよ。許す」
優斗はあっさりとそう言ったが、それでは俺の気が済まなかった。
「駄目だ。俺を殴ってくれ!」
「いやいや、人を殴りたくなんてないし。でも、武也君ももう誰かに乱暴しちゃ駄目だよ」
優斗の心の広さに驚いた。
ずっと弱くて情けない奴だと思っていたのに、本当の強さを持っていたんだ、と思わされる。
俺も少しずつでも変わっていきたい。親父のようにはならず、母さんを守れるような、そんな人間に。
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