第32話 蜂神邸
「すみません、じゃあこれをうちまで運ぶのを手伝ってください。すぐ近くなんですけれど、今日はちょっともって帰らないといけないものが多くて……」
そういって蜂神さんは、さっきの作業でつくった種を包んだ紙の入った袋をわたしに渡した。
その袋はズシリと重く、大したことのない重さだろうと思っていたわたしは一瞬よろけた。
「ああ、大丈夫ですか。大切なものですからね。くれぐれも一つも落とさないようにお願いします」
わたしではなく、どうやら祭りの準備の方が大切らしい。
もう少しこちらを心配するフリくらいしてもいいのに。
ちょっと子供っぽい人だなと思う。そういう工夫をすれば人はもっとうまく動いてくれるのに。社会人としての経験がないのだろうか。
いや、もっともみんなから「先生」と呼ばれる立場にあるくらいだから、彼女はこの村でそんな気遣いをする必要のない立ち位置にあるのかもしれない。学校の教室のカーストのトップみたいなもので。その人のために周りのみんなが忖度して何かをおぜん立てすべき相手なのだ。
こういうタイプの人は昔から苦手だ。
おとなしい子供だった幼少期も、物心がつきひとよりひねくれた学生時代も、個性が大切として自分にうぬぼれていた中二病時代も。
わたしとは合わない。
だから、いままで決して相手も交わろうとしてこなかった。
なのに、どうして蜂神さんはわたしにかかわろうとするのだろうか。
こんな田舎の村だから、自分とあわなかったとしても、ほかの村の女性のように彼女をもっと敬うようにと暗に示しているのだろうか。
無駄である。
わたしは周りから認められるだけの最低限のことはするけれど、それ以上は無理だ。
夫であるユキトさんの評判に傷をつけないようにふるまうことはできても、彼女に気に入られるためにおべっかをつかったりするのはまっぴらごめんだ。
子供のときからこういう人種とは何人もであってきたが、そんなものに屈服したことはない。
大抵は女王様はあきらめるか最初からわたしに近寄ろうとはしない。
その方がお互いのためなのに。
どうして彼女、蜂神さんは分からないのだろうか。
わたしは無言で蜂神さんのあとを歩く。
たくさん荷物があると言っていたのは本当らしく、彼女はなんとリアカーを引いていた。上品なワンピースの女性が田舎の村のはずれを荷車を引くなんてコメディーを通り越して不気味だ。リアリティーと幻想の間で不気味の谷に真っ逆さまである。
「重そうですしお手伝いしましょうか?」
思わず、そんなことを申し出てしまう。
「大丈夫っです。これはっ私の仕事ですッからっ」
蜂神さんはちょっと息をきらせながら答えた。
華奢な体で一生懸命な姿をみると悪い人ではないのかもしれないと思った。
実際、蜂神さんは嫌なところはあるものの、わたしを傷つけるようなことは口にしていない。
蜂神さんの家は思ったよりも近かった。
コミュニティーセンターのすぐそばに神社があってそこが蜂神さんの家らしい。
ああ、神職が村の有力な家ね。
なんとなく、さびれた村を舞台にしたゲームっぽくて心の中で膝をうつ。
「ちょっと、お茶でも飲んでいきませんか?」
蜂神さんは礼儀正しく聞く。
「いえ、ちょっと今日は……」
「ぜひ、いらしてください。今日は神主もおりませんし……みなさん最初は驚かれますけどきっと気に入りますよ」
蜂神さんは有無を言わせずに、わたしの手を引いて家の方に向かう。
大人になっていきなり親しくない誰かに断りもなく触れられるのは初めてで混して振り払えなかった。高校のころまでは女子高だったので、触れ合うこともあったけれど。大学にはいってから、そんな風に誰かに触られることはない。
招き入れらるままに家に上がり、お茶をだされる。
蜂神さんが理解できない。
悪くない人なのかなと思った次の瞬間にこちらが嫌悪感を抱くような行動をとり、そのあとは距離感のばぐった接し方をしてくる。
こんな人間にたいする対処ほうは一つだ。
対処法がないのですぐにここから去らなければいけない。
早く帰りたくてわたしは猫舌にも関わらず急いでお茶を飲みほした。熱くて味もよくわからなかった。
「ごちそうさまでしたっ」
わたしはそういうと同時に立ち上がる。
引き留めてくるかと思ったが、意外なことに蜂神さんはにっこりとほほ笑んで、
「今日は来てくれてありがとうございました。たのしかったです。ぜひまたいらしてくださいね」
といって玄関まで見送って手を振ってくれた。
やっと解放された。
ほっとすると同時にひどい倦怠感に襲われる。
細かい作業をしたせいか目がしょぼしょぼするし、指先がしびれるようにだるいきがする。
だけれど、大丈夫。
あとは今日は家に帰るだけ。
キヨさんの家にはまた明日行けばいい。
そう思いながら、私は家路を急いだ。
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