第26話 灰色の空

 三人はルーベルカイムの街から北へ向かう……街を離れ北に進むにつれ、人家が疎らになっていき、山の麓に廃棄され朽ちた小屋があるのみで人家は見当たらない。

 手入れされていない荒れた山道を三人が進む。道の周囲には幾つもの大きな岩が転がっていた。


「林業をやってる様子は……ないな」

 

「……この山は二千年くらい噴火活動をしていないけど火山なのよ」

アルラウネのレダが口を開く。


「へえ……そうなのか、知らなかった」


 ……道はやがて獣道に変わっていく。


「……そういや、ルーネの奴にいろいろ聞けば良かったかな

アイツに聞けば……例の魔獣や秘薬のことを何か……

淵術のことに関しちゃ専門だしハイディより詳しいか……アイツも仕事終わりで疲れているようだったし、帰って少し落ち着いたら聞いてみるか……」


 人の手が入っていない木々の生い茂る山を歩きながらアンリが呟く。

 ……乱立する巨木に蔦が絡まり、枝に宿り木がついている。

 瘴気に満ちた山の重く淀んだ空気が三人の身体にまとわりつく。


「……瘴気がだいぶ濃くなってきたな」


 アンリが瘴気計を確認すると、瘴気計の針が右に大きく揺れ動いていた。


「瘴気に抵抗力のない奴はかなり堪えるだろう……長時間いたら身体がおかしくなるな」


「……ねえ、アンリ、野生のドラゴンの糞なんて何に使うの?」


 オクタヴィアはアンリに問いかける。


「分離抽出器でリゾームを抽出して、火薬や魔法石を作るんだ

……ドラゴンは肉体を維持するために大量の肉が必要だから、野生のドラゴンは魔獣をたくさん食うんだが、魔獣の肉を大量に食うと、魔獣の体内に溜まったリゾームがどんどん身体に濃縮されていく、それで、許容量を超えて身体に溜まるとリゾーム中毒を起こすから、ドラゴンは余分なリゾームを糞として体内にから排泄するわけだ」


「天然の魔石を手に入れたほうが早いんじゃないの」


「カストルはかなり深く掘らないと純度の高い魔石を採れないんだ

地質学の専門家じゃないから、よくわからないがリゾームの気脈の関係らしい、

……で、表層で純度の高い天然の魔石が採れる数少ない場所は政府によって管理されていて、許可のない者は立ち入ることが出来ない……まあ、盗掘して、横流している連中もいるけどな」


「ふーん」


「……しかし、最近、火薬や魔法石の需要が増えてるか……世の中、きな臭いな……まあ、オレ達には儲け時か……」

アンリが呟いた。


・・・・・・・


 山林に鳥や獣の声がこだまする。三人が歩を進める度に周囲の植生が重リゾームを栄養にする植物へと変化していく。

 アンリ達は瘴気の満ちた環境に適応した巨大なシダ植物をかき分けながら、薄暗い森を奥へと進んでいく……成人女性ほどの背丈がある白いキノコが生えていた。そのキノコの傘の部分に少しかじられた跡がある。


「獣や虫が食べられても人間には食べられないんだろうな

錬金術や薬学が畑の奴には使い道があるのかもな……」


 アンリは巨大なゼンマイの一種に目をやる。


「こいつは……食えるのかな、食えても硬くてえぐい味がしそうだ」


 人を阻む薄暗い森を更に奥へと進んでいく、木々の枝が太陽を覆い隠している

僅かに覗く空には灰色の雲がかかっていた。


「……曇って来たな」


 羽虫が木々の間を飛び交っている。


「雨が降らないといいが……雨に濡れた身体で山歩きはしたくないな」


「……ねえ、アンリ」

レダがアンリに話しかける。


「どうした、レダ?」


「アルラウネは陽光から力を得ているから、光が届かない所では魔力を回復できないのよ……ここみたいなリゾームの濃度が濃い場所なら問題ないけどね……場合によってはアタシが魔術を使えないときもあるから気をつけてね」


「ああ、わかった」


・・・・・・・・


「……昔、この山に修道者や魔術師達の修行場があったらしいわ……今はもう……使われていないみたいだけど」

アルラウネのレダが口を開いた。


「確かにいい修行になりそうだ」


「……ねえ、オクタヴィアさんはラディナ出身でしょ?じゃあ中央教会じゃなくてマルテル派教会?」

レダはオクタヴィアに尋ねた。


「そうだよ」


 マルテル派教会は宗教改革者アウグスト・マルテルによって設立された組織であり、当時の教皇と政治的対立関係にあったラディナ大公家ラディナ・ベルゲンス家の支援の元、設立された経緯もあってラディナ公国との関係が深い。

 因みにアウグスト・マルテルは神聖帝国出身の人間で民族的にはミッテルライヒ人であり、シェイマでもなければ、ラディナ出身でもない。


「ラディナの外れにある修道院の学校で勉強してたんだ」


「……そういや、オクタヴィアが修道院にいたときの話あまり聞いたことなかったな」


「私のいた学校は女だけで寮生活するんだ……山で山菜採りしたり、仲間と一緒にお風呂に入ったり、楽しかったよ

先生がすごく綺麗でね、頭も良くて、武術の腕も凄いし、シェイマには珍しく魔術の資質もあって……私、魔術の資質が全くないから先生に憧れてたなあ

……でさ、先生は旦那さんと一緒に離れに住んでてさ……マルテル派は中央教会と違って、女性聖職者の結婚が認められてるからね

……ちょっと、悪い先輩がいてさ……お前にいいもの見せてやるからって言われて

夜連れ出されてさ……そこで見ちゃったんだよね……

私そういうの見たの初めてだったんだ

あの先生があんな……暫く、先生の顔を直視できなかったなあ」


「……それは楽しそうだな、マルテル派の修道院ってもっと厳しいと思ってたぜ」


「友達と一緒にバカなこともたくさんしたなあ……懐かしいな

でも、気候はカストルの方が好きかな……ラディナは盆地で、夏暑くて冬寒い所が少し嫌かな、私は冬が好きじゃないから、冬が厳しくないカストルの方が過ごしやすいよ」


・・・・・・・・


 ……標高が上がってくるにつれ、植生が変化を始めていた。先程の山林より比較的背の低い木が乱立している。


「瘴気が少し薄くなった気がするな……」


 アンリは肌寒い山の風に少しだけ体をすくませる。

 ……所々、山肌に植物が生えていない部分が点在していた。


「火山の成分で植物が生えていないのか?窪地に有毒なガスが溜まってるかもしれないな」


 ……灰色の雲が太陽を覆い隠している。だが、幸いにも冷たい雨がアンリ達に降りかかってくることはなかった。


「足跡があるわ……これは……バフォメットじゃない?結構大きいわね」


 レダは少し足を止め、地面に残された蹄の跡を凝視する。


「バフォメットがいるのか……バフォメットの骨も集めておきたいが、余所者が縄張りに入ったことに気づかないうちに、さっさと仕事を済ますか」

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