第10話 悪友オクタヴィア3

 山賊ジュリアスに秘薬を渡した得体の知れない男は沢に沿って逃げ続ける。その男を追うアンリ。

 ……アンリは水面を蹴り上げ、水しぶきを跳ねあげる。そして、その水しぶきを減速術式で凍らせ氷弾を形成し、逃げる男の足元に向かって蹴り飛ばす。


「おいアンタ!前に村の聖堂で出会ったよな、こんなところで会うとは奇遇だな、人間の男をサキュバスに変異させる薬とは、アンタ、だいぶヤバい薬あつかってんだな」


 背後から氷弾を受けた男は立ち止まり、アンリへ向き直った。

 アンリと得体の知れない男は沢の岩場で対峙する。


「……貴様とは奇妙な縁があるな」


「ならず者をカモにする商売とは、随分いい商売じゃないか」


 アンリは男のこめかみを狙って蹴りを入れた……その攻撃を男は腕で受け止める。

 ……アンリの減速術式を受けても男の身体は凍り付くことはなかった。


「少なくても、あの聖堂の盗賊女よりはやるみたいだな……アンタ、前に戦ったときは手抜いてたのかよ」


 ……その時、二人の足元に円柱形の擲弾のようなものが転がった。


「爆弾か!??」


 アンリは慌てて、男から距離をとる。

 ……鋭い衝撃、炸裂音と共に白煙が周囲に立ち込める。


「クソっ、煙幕か……爆弾で道連れにしてくるかと思ったぜ……」


 アンリが気付くと、男は沢を越え、向こう岸にわたっていた。


「しまった、沢を渡る最中に減速術式で攻撃されないようにか……」


 男が走り去っていくのはカストル王国国境とは逆方面の帝国側、男は北東に向かって逃げ続ける。

 身軽に山を駈けていく男をアンリは追う。男は山林へと逃げ込んでいく、アンリも男を追って山林に足を踏み入れる。


 風切り音。


 アンリの体をかすめて彼の足元に何かが突き刺さる。

 アンリに向けて放たれたクロスボウの矢……その矢には傷が治りにくいように淵術が付与してあるのが確認できた。


「……何処から狙ってる?」


 角度と方向から推測するに、アンリが進もうとしているこの先の山林の樹上から彼を狙って放たれたものであろう。

 ……アンリの目に木々の上を素早く移動する黒いフードの人影が映った。


「奴は一人じゃないのか……」


 山林の先に進むかどうか、アンリが立ち止まり思案する間に、彼と怪しげな男の距離はどんどん開いていく。


「この矢を足に一発でも喰らったらまずいな……動けなくなったとこを狙い撃ちされる……オクタヴィアのほうも心配だ……ここは戻るか」


・・・・・・・・


「オクタヴィア無事か!」


「オクタヴィア様素敵、これが……覚醒したシェイマの……」


 サキュバスに変異した山賊ジュリアスは恍惚の表情を浮かべたまま、オクタヴィアの腕に抱きつき、自身の胸を押し当てている。


「やあアンリこっちはこのとおり片付いたよ」


 サキュバスに抱き着かれたままオクタヴィアは応えた。


「オクタヴィアどうしたんだよ」


 アンリがオクタヴィアの肩に触れようとすると……


「オクタヴィア様に気安く触れないで!!」


 オクタヴィアに身体を密着させながらジュリアスがアンリを睨み付ける。


「なあ、こいつ人格変わってないか?一体何をすればそうなるんだよ、オレがいない間になにがあったんだ?」


「それは秘密……」

とオクタヴィア。


「……よくわからないけど、サキュバスとして肉体が最適化されるなかで、人格に変化が生じてるのか?」


「わたくし心を入れ替えました……ずっとオクタヴィア様についていきます」

と山賊ジュリアス。


「オクタヴィアもなんか色っぽくなったっていうか……なんだか身体がツヤツヤしてないか?」


「シェイマの身体は嫉妬深くて負けず嫌いって言うじゃんか、可愛い子や綺麗な人見ると羨ましい、負けられないって、身体が刺激を受けて、どんどん綺麗になっていくってさ」


「……ふーん、そうかねぇ、で、こいつをどうする?」


「わたくしのことが必要なら、いつでも呼んで下さいオクタヴィア様……」

とジュリアス。


 ……オクタヴィアは自身の太ももに着けていた黒いガーターリングを外して、ジュリアスの右太ももに装着した。


「……!!おれは……何を……」


「アンタ、身も心もサキュバスになるところだったな」


「黒霊布のガーターリングだよ、魔力や生命力をコントロールする力があるんだ」

とオクタヴィア。


「しかし、えらい変わりようだ、手配書と姿が違うだろうから

官憲に引き渡して懸賞金を頂くってことも出来ないよな

魔女に研究材料として引き渡すか?

教会は昔みたいにサキュバスの首に懸賞金を出してないからな」


「……なんだか、体が熱くて、頭がボーっとするぜ……」

とジュリアス。その顔はまだ紅潮している。


「なあアンタ、この際だ、山賊から足を洗ったらどうだ?

顔も体も変わったしな、サキュバスは結構、傭兵の業界でつぶしがきくし仕事を紹介してやろうか?」


「サキュバスの傭兵団での仕事って……要するにアレじゃねぇか」

とジュリアス。


「確かにそういうのもあるけどさ、傭兵は実力と人脈と運の世界、サキュバスは身体能力も魔術の資質も高いから重宝されるんだ

サキュバスに堅気の仕事はやりにくい、アンタ、もとより堅気じゃないし荒事は得意だろ?」


「……」


「せっかく、協力してもらったのに、すまんオクタヴィア

あの男取り逃がしちまったよ……どうも奴には協力者がいるみたいだ、捕まえてあの丸薬のことを聞き出したかっただけどな

……しかし、人間の男をサキュバスに変異させる薬か……

男に化けて男を襲うサキュバスは聞いたことがあるが、人間の男をサキュバスに変える秘薬や魔術なんて聞いたことがないな

……確か、人間の男はサキュバスに変異できない筈だ……」


「……ねえ、アンリこれからどうするの?」

とオクタヴィア。


「カストルへ帰ろう、知り合いに薬品に詳しい奴がいる

そいつにこの薬のことを聞いてみる」


「わかった」


「……とにかく先へ行こう……陽が落ちるまでにもう少し進んでおきたい、ここにいたら連中が襲撃してくるかもしれないし」



・・・・・・・・



「サニアさん助かりましたよ」


「首尾はどうだ?ザルト」


 クロスボウを携えた赤髪の女騎士サニアの問いに、ザルトと呼ばれた得体の知れない男は応える。


「秘薬の効果は確認できました」


「こちらもアムブロシアの魔導具の回収を完了した、機能も問題ないようだ」


「サニアさんの仕事も順調みたいですね」


「ああ、ヴィットーリオ殿からの指示は?」


「ありません」


「では、あたしはしばらく自由にやらせてもらう、ヴィットーリオ殿にはそう伝えてくれ」

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