ホーボー・ホーボー

アトアン・グリューゼン

第1話 アムブロシアの魔女の魔導具


 旧街道沿いの寂れた村。

この村は3人の盗賊の襲撃を受けていた。

 盗賊達の装備は見るからに貧弱で、本来ならば、村の自警団程度でも追い払うことが出来る筈なのだが……


「お頭、この村大して金になりそうなもんはありませんよ」


「不景気そうなしけた村ッスねー、村にいるのは老人やガキばかりで若い連中は出稼ぎっスかねぇ?まあ、だから俺らみたいな半端な盗賊でも簡単にぶんどれるんですけどね」


 村はずれの廃棄された古い聖堂の内部で二人の男とリーダー格の女盗賊が略奪品を整理していた。


「オメェら、今回の襲撃は金を手にいれる為じゃねぇんだ

今回の目的は魔導具だ、アムブロシアの魔女がつくった魔導具……そいつを手にいれることが俺達の目的だ」


「こんなしけた村にそんな大層な魔導具あるんスか?ガセネタじゃ……」


「うるせぇいいからこの聖堂の中を探せ!俺が男の姿に戻るにはその魔導具が必要なんだ!」


「しかし、お頭折角いい女の姿になったのに勿体ない気がするんスですけどね」


「うるせぇ!!お前に女の姿に変えられた俺の気持ちがわかるか!

男から気味の悪い目で見られてよ!俺はあっちの人間じゃねぇんだぞ!」

 

「お頭!見つけました!」


「本当か!?よこせ!」


 盗賊のかしらは部下から不気味な光沢のある黒い立方体を受け取った。


「この黒い立方体、石なのか金属なのか……

俺は魔道具のことは素人なんでよくわかりませんが

素人目にみてその魔導具ヤバいんじゃ……なんか嫌な気配が」


「うるせぇ!とにかく俺は男に戻りたいんだ!」


「さあ、アムブロシアの魔女の魔導具!

俺を男の身体に戻してくれ!」


 ……盗賊のかしらの手に握られた魔導具が怪しく輝きはじめた。


「っぐ!身体が熱い……体が疼く、力がみなぎるぞ

下半身がむずむずしてきた、おっおっおっ!いいぞこの感覚……久しぶりだ!」


……魔道具の力で女盗賊の筋肉が膨張し、男性的な体へと変化していく。


「……この感覚随分と懐かしい……やったぞ、元の男の身体を取り戻したぞ!」


「あーあ、俺らはむさくるしい連中に逆戻ってわけだ」


「」

…………


「おい、お前らか村を荒らしまわってた盗賊共は?」


 突然、古い聖堂の出入口のほうから若い男の声がした。


「誰だ!お前は!?」


 ……古い聖堂の出口を塞ぐように立っていたのは背の高い痩せ型の男だった。

黒髪と青い瞳、美形というわけではないが顔立ちはそう悪くはない。


「オレはアンリ、お前らを討伐に来た傭兵だ

……ん、リーダーは女だって聞いてたんだけどな、いないのか?」


「なんなんだお前?一人で俺たちとやるつもりか?」


 二人の盗賊は自分たちを捕まえにこの聖堂へやってきた傭兵の男につめよった。

 ……アンリはそのうちの一人の盗賊の腕を掴む。


「なんだ、俺の手が凍って……」


 掴まれた盗賊の腕が凍り付く。

そして、アンリは近づいてきたもう一人の盗賊の足を踏みつけた。


「俺の足が!クソっ、なんだ動かねぇ!」


 踏みつけられた男の足は聖堂の床に凍りついて離れない。


「オメエら、下がってろ……

手前なかなかやるじゃねぇか俺様が相手だ……

??なんだこれは?下半身が……おかしいぞ畜生、体が縮む

体が熱い熱い……うっうっあああああ!」


 ……突如、盗賊のかしらが苦しみの声を上げる。


「どうしました!?お頭ぁ!?てめえ一体何をしやがった?」


「??いや、オレは何もしてないぞ?」


「何故だ俺の身体が溶けていく!この魔導具でも駄目なのか!うあああ!」


 男の筋肉が萎みだし、彼の肉体が変異を始めた。


「お頭!大丈夫ですか!?」


 盗賊のかしらが苦しそうに自身の胸を押さえる。

……次第に彼の骨盤の形状が女のものへと変異していく。


「うあっ!クソっ!はあはあ苦しい、頭が割れそうだ……

身体が熱い、胸が痛い……張り裂けそうだ」


 身体が痙攣し、額から大量の汗が流れ落ちる。

……彼の胸は脈打つごとに膨らみを増していく。

 暴走した魔導具の魔力はこの男の肉体を美しい女の姿へと変えていく。

アムブロシアの魔女の魔導具……その持ち主に相応しい肉体への変容。

胸が前へ前と突きでるように少しづつ膨張していく……


「だっ、大丈夫ですか!!?お頭ぁ!?」


……長身の美しい女の姿がそこにはあった。


「……フフ、最高の気分だ、なんだかもう……全てがどうでもいい」


「……なんだかよくわからないが男の姿に化けてたのか?」


 ……盗賊を捕らえに来た傭兵アンリはいまいち状況がつかめていないようだ。


「体が熱い……頭がクラクラする

だが最高だ!最高に気持ちがいい、体中に力がみなぎるぞ!」


 かつては男であった女盗賊。彼女の目は虚ろで視線が定まっていない。

額から谷間へ……褐色の肌を汗が滴り落ちる。


「フフ、では、この魔力試してみるとしようか」


 ……女が作り出した火弾によってアンリの身体が大きく後方へ吹き飛ばされる。


「いいぞ、お頭、やっちまってくださ……

……?…………!?

な、なんだ、体の様子が……力が抜ける……

かしら、やめてくれ!俺たちの生命力を吸い取ら……」


 ……床に倒れこんだ二人の盗賊の体が干からびていく……

 二人の盗賊から搾りとられた生命力が女の肉体に注ぎ込まれる。

そして、注ぎ込まれた生命力は魔力に変換され、その魔力は全身を駆け巡り彼女の肉体をより美しく最適化させていく。


「んん、ああああっ」


 盗賊のかしらが今まで身につけていた衣服が魔力に耐えきれずに燃え落ち、女の肢体があらわになった。へそ周りの筋肉が胎動し、呼吸とともに肩が揺れる。

 女のしなやかな肢体にアムブロシアの魔女の魔導具から湧き出した力がさらに流れこみ、彼女は嬌声を上げる。

 ……そして、彼女の肉体を包み込む魔力が実体化し生み出された布……霊布

魔導具の力により形作られた霊布が繭のように彼女の体を包み込んで、魔力を秘めた美しい女に相応しい装束を作り出す。

 深紅のスコートから滑らかな引き締まった褐色の太腿がのぞく

その姿はさながら炎の女神のようだ。


「ハハハ、気持ちいいぞ、こんな気持ちいいのは生まれて初めてだ!

収まることを知らない力が体の底からあふれてくるぞ!」


 火弾に吹き飛ばされ体勢を立て直そうとしているアンリ。

女はそのアンリの顔面に燃えさかる拳を叩き込もうとする……

が、アンリは燃え盛る女の拳を受け止め、その拳を掴む。


「なっなんだ!俺の力がぬけていく……」


 女はアンリの顔を燃えさかる足で蹴り飛ばそうとするが

アンリはもう一方の手で彼女の攻撃を受け止める。


「減速術式、いわゆる氷術ってのは魔力で氷を作り出すだけじゃないんだぜ

エネルギーを相殺し、熱や魔力を奪うことだってできるんだ

……アンタの魔力は大したもんだが上手く使いこなせてないな

魔術への耐性も大して高くないようだし……筋力を強化する術式も苦手か?」


「てめぇ、この……離せ!」


「火術の使い手と違って氷術の使い手ってのは

魔術で火をおこすのが苦手だから面倒なんだよ、野営で火打石が欠かせないからな」


 アンリは盗賊の腹に拳を叩き込む。へそ周りから女の身体が凍りついていく。


「この俺がっ……体が凍……」


 ……瞬く間に美しい女の氷像が出来上がった。


「……片付いたな、凄い魔力の持ち主のわりに減速術式があっさりきいたな……

男の姿に化けてたってことは変身魔法が専門の術士で戦闘は苦手なのか?

しかし、盗賊やってるのがもったいないぐらいの美人だったな

……まあどうでもいいや、さて、こいつを官憲に引き渡して金をもらうとするか……」

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