第190話 視察の終わりと二人の会話
スラム街での視察を終えた私は、そのままの足で王宮に向かった。今日は今回の視察を受けて、陛下と今後について話し合うことになっていたのだ。
行きと同じようにリューカ車に乗って街中に入ると、ダスティンさんが顎に手を当てて考え込んでいるのが視界に映った。
「何か気になることがありましたか?」
「いや、そういうわけではないのだが、あのスラム街のどの部分がレーナのような発想力を育んでいるのかと……」
あっ、まだそれ考えてたんだ。
「えっと、そこはあまり気にしない方が良いと思います。自分で言うのも微妙ですが、私が特別だったということで……」
躊躇いながらもそう告げると、ダスティンさんは私にじっと視線を向けてくる。真剣な瞳は私の奥底までを見透かすようで、少しだけ緊張してしまった。
どんなに見つめられたって、前世の記憶があることには気づかれないから大丈夫だよね。
自分にそう言い聞かせながら息を詰めていると、ダスティンさんの視線がふっと逸らされた。
それと同時に、私は詰めていた息を静かに吐き出す。ダスティンさんって基本的に魔道具一直線だけど、結構冴えてるんだよね。
いや、結構とか言ったら失礼か。
「確かにレーナはかなり特異な存在だ。……創造神様の加護も得ていることだし、スラム街はあまり関係がないのかもしれないな」
私が色々と考えていると、ダスティンさんはやっとスラム街が良い環境だったっていう仮説から抜け出してくれたらしい。
「そうだと思います」
「最初にレーナと出会えたのは幸運だったな」
「そうですね……私も本当にラッキーでした」
今思えば奇跡的な出会いだった。ダスティンさんがいなければ、私は多分教会にほぼ強制的に閉じ込められてただろうから。
そう考えたら寒気がして、無意識に自分の腕を摩ってしまう。本当に教会はトラウマだよ……
必死に最初に監禁されそうになった時と、この前教会に行った時の記憶を頭から消そうとする。この国は教会が生活に根差してるから、できれば教会への恐怖心は克服したいんだけど、さすがに無理だ。
「……寒いのか?」
ほぼ無意識のうちに腕を擦りながら視線を下げていると、ダスティンさんに声をかけられた。
そこでハッと顔を上げ、ここがリューカ車の中だったと思い出す。教会のことを考えると、一気に視野が狭くなるんだよね……
「大丈夫、です」
笑顔でそう答えたつもりだったのに、ダスティンさんは眉間に皺を寄せると、キラキラしたマントみたいなやつを肩から外して私に差し出してくれた。
「これを掛けておけ。重いのが難点だが、その分保温性もあるはずだ」
「いや、こんな豪華なの受け取れませんって。というか王族の証とかじゃ……」
「知らん。もう視察は終わったのだから良いだろう」
「……じゃあ王宮に入る時には返すので、また着けてくださいよ?」
その提案にダスティンさんが頷いてくれたので、私はありがたくキラキラマントを受け取った。何だか装飾でゴツゴツしているけど、確かに分厚くて重いので温かさはある。
「ありがとうございます。これ、凄く豪華ですね」
ダスティンさんが身につけていたものを借りるということに少しだけ恥ずかしさを感じ、それを隠すようにマントの装飾に視線を向けると、ダスティンさんも嫌そうに装飾へと視線を向けた。
「さすがに付けすぎだと思わないか?」
「……まあ、確かに。振り回したら結構な凶器になりそうな感じですね」
宝石がゴテゴテと縫い付けられ、さらには金属で模様も描かれている。布も厚いし何かの羽? みたいなやつも大量についてて、とにかく派手だ。
でも王族の権威を示すためには、このぐらいの豪華さが必要なんだろう。
「これに憧れてる貴族の方々はたくさんいると思います」
思わずそんな言葉を口にしてしまうと、ダスティンさんは「趣味が悪いな……」と呟くと、なぜかマントの魔道具化についてぶつぶつと思考を呟き始めた。
「ちょ、ちょっとダスティンさん。それは考えるだけで絶対実行に移さないでくださいよ?」
このマントに魔石を取り付けてもし爆発でもしたら、いくらするのか考えたくもないマントが粉々に……
想像するだけで絶望だ。絶対に阻止しないと。というかダスティンさん、さすがに本気じゃないですよね?
そう思ってダスティンさんの表情に視線を向けてみると、その瞳は楽しげに細められていて、口端も持ち上がっている。
「レーナ、例えばこのマントが自在に色を変えられるようにすれば、より皆の羨望を集めるとは……」
「思いません!」
私はダスティンさんの言葉を途中で遮った。
「それよりも飛行の魔道具です。飛行の魔道具について話し合いましょう。そっちの方がロマンがあります」
そうして私は無理やり話を逸らし、それからはダスティンさんと飛行の魔道具について話し合った。
いつの間にか寒さは全く感じなくなっていた。
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